伝説の棋士・阪田三吉の名言「銀が泣いている」に込められた想いとは?

伝説の棋士・阪田三吉の名言「銀が泣いている」に込められた想いとは?

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年12月11日

子供たちは将棋から何を学ぶのか

この連載も目標の50本を過ぎました。続けていくことが大事だと子ども達には「一歩を続ける人に」と言い続けてきた教師人生。やはり、連載コラムでは多くの読者の方々のご声援が支えとなりました。ありがとうございました。支えられていることの感謝しながら...。あと少しお付き合いください。

さて、将棋には、先人たちのたゆみない努力の積み重ねによって培われてきた「定跡」と言われる最善の戦術モデルや戦法があります。「格言」として残されたアドバイスもあります。それらは、将棋に人生を懸けた先人たちの知恵の結晶と言ってもいいでしょう。

それゆえに、人生においても大いに参考になる戒めや教訓がそれらには含まれていて、それはそのまま、生き方にも通じる教えです。今回は、「銀が泣いている」という阪田三吉の名文句をご紹介します。

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第59期王座戦 第3局より

阪田三吉と「銀が泣いている」に込められた想い

ご存知の方も多いと思いますが、阪田三吉は明治時代から昭和初期に活躍した伝説の棋士。北条秀司原作による新国劇『王将』というタイトルの戯曲や映画、さらに村田英雄の歌「王将」のモデルになった人物です。

将棋という一芸に打ち込む中で自らの哲学を学び取っていった阪田三吉。幼い頃から丁稚奉公に出て、文字は将棋の駒の字くらいしか読めず、常識はずれな行動もずいぶん多かったと言われますが、凡人の教養では及びもつかない名文句を数々残しています。

1913年(大正2年)に行われた宿敵、関根金次郎との対局。この対局において、関根金次郎の挑発的な手に対して、阪田三吉は「銀」(銀将)を動かします。阪田としてはその銀を関根に取ってもらうことで、香車を動かして攻めに転じようという腹でした。ところが、関根がその意図を読んでいて、取ってくれない。銀は「取ってくれ。いっそ殺せ!」と叫んでいるのに、敵は殺してくれない。それで彼は「銀が泣いている」と言ったのでした。

後日そのときを振り返って、朝日新聞紙上の「将棋哲学六、阪田名人実話」で、阪田本人はこう述懐しています。

「(あの銀は)ただの銀じゃない。それは阪田がうつむいて泣いている銀だ。それは駒と違う、阪田三吉が銀になっているのだ。その銀という駒に阪田の魂がぶち込まれているのだ。その駒が泣いている。涙を流して泣いている。今まで私は悪うございました。強情過ぎました。あまり勝負に焦りすぎました。これから決して強情はいたしません、無理はいたしません、といって阪田が銀になって泣いているのだ」

将棋に人生を懸けるとはこういうことなのだ、と圧倒されます。まさに駒と自分が一体になっていないと出てこない、すごみを感じさせる言葉です。

羽生竜王の伝説の一手とそれを生み出す土台

そういえば、羽生竜王にも「銀」にからんだ伝説の一手があります。まだ羽生棋聖が五段だった1988年度の「NHK杯戦」準々決勝。加藤一二三九段に対して打った「5二銀」。加藤九段が優勢かと思われた終盤戦で、「5二」の位置に打たれた銀によって形勢が逆転し、わずか6手後に加藤九段は投了に追い込まれました。当時18歳だった羽生竜王は、続く準決勝で谷川浩司名人(当時)、決勝では中原誠棋聖・王座(当時)を破って優勝し、棋界にその存在を強烈に印象付ける結果となりました。

羽生竜王は「銀」使いの名手です。それができるのは、日々研究を積み重ねているという、しっかりとした土台があっての賜物。私がそれを怖いほど感じたのは、羽生竜王の駒を見たときでした。

じつは、私が将棋の駒を買おうと思っていたら、「手元にありますから送りますよ」と所有なさっていた竹風作の逸品をくださったのです。届いた駒は、羽生竜王が日夜研究用に使っていた駒でした。それがなんと驚いたことに、銀だけ裏がすり減っていたのです。

パチッと盤面に打ち付けるときに、駒はこすれます。しかし、硬い柘植でできている上等な駒だけに、並大抵のことではすり減るはずがありません。研究のために盤面に駒を並べ、銀をどう使うか考えながらよほど繰り返し、繰り返し打ちつけたのでしょう。使い込んで美しい飴色になっている駒は、他はみんなきちっと角ばっているのに、銀だけがすり減って角が欠けたようになっていました。

銀は基本的には攻める駒ですが、羽生竜王の場合は、守りだった銀が攻めになっていたり、攻めた銀がずっと退いて守りになっていたり、独特の動きをします。その独特の動きは、駒がすり減るほどの研究を積み重ねているからこそ生まれるものだったのです。

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第30期竜王戦 第4局より

人生を懸けた棋士たちの言葉の重み

阪田三吉や羽生棋聖のように、ひとつのことをとことん極めてきた方の、その一言には人生において参考になる教訓が含まれています。偉大な棋士たちの言葉に注目し、その人生観を感じてみてはいかがでしょうか。

そしてそれを、次の世代の子供たちへ受け渡していきながら、将棋の文化を継承していきたいとそう願っています。

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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