羽生棋聖の考えるプロフェッショナルとは? いかに小さな進歩の積み重ねられるか【将棋と教育】

羽生棋聖の考えるプロフェッショナルとは? いかに小さな進歩の積み重ねられるか【将棋と教育】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年11月28日

NHK総合テレビジョン『プロフェッショナル 仕事の流儀/直感は経験で磨く』の中で、こんな質問が投げかけられました。「プロフェッショナルとはどういう人だと思いますか?」

それに対しての羽生棋聖の答えの中に、成果を出すためのヒントが詰まっているのです。

一日1時間、20年を続けられるかどうか

羽生棋聖は、このように答えていらっしゃいました。

「細かいこと、それをたとえば一日1時間、20年間やれと言われたら大変ですよね。本当のプロフェッショナルとは、そういう努力を続けられる人だと思います」――そしてベテランのプロ棋士の中には、そういう人がたくさんいる、と。もちろん、羽生棋聖もそうした一人に間違いありません。

羽生棋聖だって、常に見えないところで努力をしています。だから勝てる。羽生棋聖は天才だから、何も努力していなくても強いわけではなく、やっぱり恐ろしいほどの地道な努力を日々積み重ねているのです。

学校生活を通して、家庭生活を通して、将棋を通して、子供たちは目に見えない小さな変化を積み重ねていきます。教育も将棋と同じように、今日この勉強をしたからといって、すぐに効果が目に見えて表れるというものではありません。しかし、羽生棋聖の言葉、「一日1時間、20年間」のように、小さな努力を続けていくことで力をつけていくものなのです。棋士の皆さんが"考え続ける筋肉"をつけるために毎日欠かさずトレーニングをしているように、毎日コツコツと努力することが大切なのです。

その進歩は、自分自身では気づかない小さなものかもしれません。しかし、その小さな進歩の積み重ねはいずれ、他者から見ると大きな成果として表れるのです。

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第65期王座戦 第4局より

日々の積み重ねが当たり前に出来るようになる

そういえば、学校でこんな出来事がありました。

何かわからないことがあったら、今ではインターネットで検索すれば、簡単に情報を得ることができます。しかし私の教室では、「わからなかったら、辞書を広げなさい」と、いつも指導しています。また、「辞書を自分で見るだけでなく、どんどん前に配って他の子にも見せてあげなさい」と教えています。

参観日のこと。その日、金子みすゞさんの「わたしと小鳥とすずと」を教材に取り上げました。そのとき、「逆説的な表現がいいね」と私がちょっと難しいことを言ったのです。そうしたら、いきなり一番後ろの席の子が立ち上がって、教室の後ろの棚に置いてある40冊の辞書をすーっと前の子たちに配ったのです。

その子は、参観日で親が見ているからそうしたわけではなく、いつもしていることを自然に行動に移しただけだったのですが、それを目の当たりにした保護者の皆さんはとても感激してくださいました。日々の積み重ねが着実に子供たちの身に付いているのをご覧になって、子供たちの成長を実感してくださったのでした。

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その日の授業では、「きみたちはえらいな。見てごらん。お父さんやお母さんが感心しているよ」と大いにほめて、「面倒くさいかもしれないけれど、そういう手間をかけることが夢の実現につながるんだよ」とまとめましたが、私自身、子供たちの成長をとても誇りに思いました。

教師になって32年、ずっとクラス担任を受け持っていますが、毎年、1年間のお別れの日に、将棋の駒を40人の児童に1枚ずつあげています。「つらいことがあったら、この駒を見てがんばりなさい」と声をかけます。

先日、卒業生が10年ぶりに訪ねてきてくれました。そして、「これを握って、センター試験を受けたんですよ」と駒を嬉しそうに見せてくれました。小学生のときには一番手がかかったその子が、私があげた駒を握って目標の大学に入ったのだそうです。教師をやっていてよかったと心底思える瞬間です。 私が小学校での教育で、その子のためにしてやれたことは微々たることでしょう。その子が手にした成功は、彼自身が一生懸命に小さな努力を積み重ねてきた成果です。ただ、日々の積み重ねに、私が渡した何かがほんの少しでもその子の支えになったとしたら、教師としてこんなに幸せなことはありません。

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小さなことの着実な積み重ねが、大きな差となって表れる

このコラムもそろそろゴールが見えてきました。当初はどこまで続けていけるか不安でした。拙著を元に書いた記事をもう一度紐解いて書いたものですが、皆さんからの「続けて欲しい!」「毎週読んでいます!」「将棋はわからないけれど、こんな見方があるのかと楽しんで読んでいます!」と全国から多数の励ましのお言葉や感想を頂きました。本当にそれが支えになりました。

「一日1時間、20年間」――子供たちにそう言う以上、私も「一日1時間、20年間」の努力を積み重ねていかなければと思っています。だから、お酒やタバコはやりません。授業をどう進めるか、どう導入するか、毎日悩んでいます。授業はいつも失敗ばかりだと思っています。でも、一生懸命準備したことは必ず活きます。そう信じて、私自身、毎日努力していこう。そう心に誓っています。

そして子供たちにも、小さなことをコツコツと積み重ねていってほしいと思います。ノートを取るにしても、プリントを1枚やるにしても、本を1冊読むにしても、どれだけ丁寧にやれるか、そして少しずつでも毎日続けられるか。それができるかできないかで、10年後には大きな差となって表れるのですから。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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