矢倉囲いを「立体的」と表現する柔軟な視点の大切さ【将棋と教育】

矢倉囲いを「立体的」と表現する柔軟な視点の大切さ【将棋と教育】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年12月14日

将棋は基本的には、金や銀を使って「囲い」を作って王様の守りを固めつつ敵を攻める陣形を整えるところからはじまります。将棋の盤面は平らなものですが、「立体的」と表現されることがあります。それはいったい、どういうことなのでしょうか?

お互いに役割を持って連携する駒たち

陣形を整えるというのは、サッカーでいうポジショニングのように駒がお互いの持ち分をしっかりと固めて、「ぼくはディフェンダーとして守りを頑張るよ」「ぼくはフォワードとして攻めを頑張るよ」といった感じに似ています。ただし、そのポジションは固定したものではなく、みんなが「攻めは君に任せたよ」「守りはよろしく頼むぞ」と自分のポジションの仕事をしながらも、「でも何かあったら、ぼくが守りに行くぞ」「ぼくが攻めていったときには守りを頼むぞ」と連携し合っています。

以前、ご紹介しましたが、「攻めは飛角銀桂」「王の守りは金銀三枚」という将棋の格言があります。簡単に言いますと、攻めには飛車、角行、銀将、桂馬を使い、王の守りには金将2枚と銀将1枚を使って攻守バランスの取れた駒組みをしなさいという教えでした。

そうした攻守のバランスを考慮して陣形を整えていって、平面的な駒の並びがだんだん厚みを増したものになっていきます。手数をかけて、玉をしっかり守るための「囲い」が完成します。代表的な囲いの一つが「矢倉囲い」と言われるものです。

「矢倉囲い」というのは、金将、銀将3枚で王様を守り、桂馬、香車が控え、歩兵が前線で守りを固めている形。ちょうど城壁に似ていて、美しい形になっています。将棋に詳しくない方でもパッと見たら、一番大事な王様をみんなで一致団結して守ろうというのが何となくわかるような、きれいな形をしています。

このように説明すると、お互いにこうした囲いを作り上げ、それからおもむろに戦いに入るのかと誤解する方もいらっしゃるかもしれません。しかし、将棋はそうそう一筋縄ではいきません。囲いを固めつつも、すでに戦いは始まっているのです。

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第88期棋聖戦 第1局より

矢倉囲いの「立体的」な強さ

守りながら攻め、攻めながら守るという全体のバランスへの目配りを忘れたら、あっという間に壊滅状態になってしまいます。相手のある戦いですから、相手が囲いを簡略化してすぐに攻めてきたら、自分だけ囲い作りに精を出しているわけにはいきません。それでは守りの形が完成する前にやられてしまいます。

相手もまだ攻めずに守りを固める方針で進めている、なら自分も矢倉囲いでじっくりと守りを固めよう、といった阿吽の呼吸があって初めて、きれいな矢倉囲いができるのです。一人できれいな陣形を作ることが目的ではありませんから、絶えず相手を見ながら駒を進めていく姿勢が大切なのです。

羽生竜王はこの矢倉囲いのことを「立体的」と表現されています。「将棋盤は平面なのに、立体ってどういうこと?」と不思議な気がする方もいらっしゃるかもしれませんが、この形にするまでに手数がかかる分、出来上がった囲いは駒同士の絆が強く、重層的な構造になっています。

手数をかけるというのは、うどんをこねるようなものと言ったらいいでしょうか。うどんはしっかりこねるとコシが出てきて柔軟性も増します。囲いも同じで、一手一手意味を持たせ手数をかけて駒を配置し、ようやく作ることができるこの囲い。そうやって手数をかけ時間をかけて仕上げることで、やはりコシのある守りの態勢を作ることができるのです。

だから矢倉囲いは、ちょっとやそっと攻めたくらいでは攻略することはできない、強靭な防御態勢なのです。

お互いが囲い合い、いよいよ戦いに入ります。攻め担当の飛車、角行、銀将、桂馬などを繰り出して相手の囲いを崩しにかかると、囲いの形は次第に変化していきます。しかし矢倉囲いはコシがあり、柔軟にその形を変えながら再構築することができます。きれいな城壁に水漏れが起こっても、修復していくことができるのです。そうして再構築されていくさまは、たしかに立体図形のようにも見えます。

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平面図を立体的に見る視点

出来上がった矢倉囲いがそうやって再び修復され、バージョンアップされていくのをご覧になると、羽生竜王が「立体的」とおっしゃったのが、「なるほど、たしかにそんな気がする」という印象を持たれることと思います。

しかし、それにしても、平面にしか見えない盤上を立体的にご覧になる羽生竜王の眼のすごさとイメージの喚起力には改めて感服してしまいます。そうした多面的に物事を見据える力と柔軟な発想力、それが強者の証ということになるのかもしれません。

最近は「雁木囲い」が流行していますが、これは将棋ソフトの影響もあるそうです。温故知新、昔の囲いや今までかえりみられない「新囲い」も登場するかもしれません。

子供たちはときに柔軟な発想や自由な表現で大人たちを驚かせます。しかし、成長するにつれて、その自由さは影を潜めてしまいます。AI(人工知能)がどんどん発展していく、これからの世界は、これまで以上に創造力や発想力が必要になってくるのではないでしょうか。子供たちが、自由に、柔軟な発想ができるように手助けしてあげられるよう、大人たちは見守ってあげられる環境になってほしいものです。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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