はじめに覚えるべき「3つの礼」とは?「心」を育むために大切なこと【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

はじめに覚えるべき「3つの礼」とは?「心」を育むために大切なこと【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年04月18日

「将棋とは何ですか?」と尋ねたとき、あなたはどんな風に答えるでしょうか。「先の先まで読み合う頭脳ゲーム」「盤上の戦争」「厳しい勝負の世界」そのような印象を持たれているかもしれません。しかし、将棋の本質にはもっと大切なことがあります。今回のコラムでは、将棋の「3つの礼」の持つ意味、その大切さをお伝えします。

将棋の「礼」は古来よりの「心」に通じる

将棋は、対局者同士が交互に駒を動かしてゲームを進められます。お互いに考え抜いた一手を指し、攻防を繰り返して最後には勝敗が決まります。必ずどちらか一方が勝ち、もう一方は負けとなる厳しい勝負の世界です。

しかし、勝負したり、勝ったりといった以前に、相手に敬意を表す「3つの礼」があります。日本には、武道や茶道などと同じで、「型」から入って込められた「心」を体得していく文化があります。将棋の3つの礼はまさにこの「型」に通じるもので、これを繰り返すことで古来より受け継がれてきた「心」を体得することができるのです。

将棋の「3つの礼」

具体的には、以下の3つのタイミングで挨拶します。初心者でもプロ棋士でも、棋力、年齢、性別に関わらず、あらゆる対局で「3つの礼」の儀式をします。

・始まりの礼
将棋では、対局に際して「お願いします」と両者が挨拶を交わします。そしてこれ以降、対局中はずっと無言のまま戦いが進んでいきます。
・負けの宣言の礼
静まり返っている対局場の沈黙を破るのは、「負けました」という敗者の宣言です。勝った側ではなく、負けた側が負けを認め、相手に宣言しなければならないのです。
・終わりの礼
対局後は一局を振り返る検討会、感想戦を行います。その感想戦を終えて一局が終了しますが、その最後には、「ありがとうございました」と両者でお辞儀します。

将棋とは、相手と自分との心の対話であり、礼に始まり礼に終わるゲームです。勝ち負けの結果や、強くなっていくことも大切ですが、子どもたちを指導する際には、この3つの礼の重要性を徹底して教えます。

将棋は、目の前の相手がいなくして指すことはできません。目の前に座っている人がいてくれるからこそ一局が成立します。ですから、相手への敬意を表して「お願いします」「ありがとうございました」と挨拶をするのです。これらの相手への敬意を表す例は、他のスポーツ競技などでも見られますが、一線を画しているのが「負けました」の礼でしょう。将棋では、負けた側が相手に宣言しなければならず、これは悔しいものです。

「負けました」と潔く言える勇気

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(第66期王将戦 第6局より )

AI知能、効率第一の今の日本においては、「勝つことが大事」「間違ってはいけない」「失敗はやり直せない」というような風潮を感じます。「負けました」と潔く言える勇気と、「負けから学ぶ姿勢」を現代の日本人は失いつつあるのではないでしょうか。

そうした時代のなかで、負けを自ら宣言しなければならない将棋は、日本人が忘れかけている大切な心に気づかせてくれるものです。しかも、対局を重ねる中で自然と身につけることができるのです。自分の弱さ、ミスしてしまった事実から逃げるのではなく、正面から受け止める。悔しい気持ちをぐっと?み込み、自分の内面と向き合うことで、負けの責任を自分自身で取ることを覚え、体感していきます。将棋を通じて、そんな心の営みを実体験することができるのです。

私の指導している将棋クラブでこんなことがありました。 6年生の児童が、5年生の児童に負けたのです。よほど悔しかったのか、負けたのはわかっているのだけれど、「負けました」となかなか言えずにいました。じわっと涙が出てきて、そのうちにポトリと盤面に落ちました。すると、隣にいた子がその涙をそっとハンカチでふき取ってあげたのです。いつもはワーワーと騒いでいる子だったのですが、対局をそばで観戦していて異変に気づき、優しさを見せたのでした。

そんなことがありながら、負けた子がどうにか「負けました」と言えたのです。その瞬間に他の子どもたちもすーっと周りに寄ってきて、応援団のように感想戦に加わり、「こうすれば勝てたよね」と検討の輪に加わったのです。将棋クラブの子どもたちはみんな、負けたときの悔しさはわかっています。だからこそ負けた子の悔しさを自分のことのように感じ、なんとか励まそうとしている、そんな思いが伝わってきました。

負けた6年生は、考えに考えて将棋を指したのに負けてしまったのです。しかし、その悔しさ、悲しさを折りたたむ作業を自分の心の中でやり遂げて、「負けました」と言えたのです。周りの子どもたちも、思いやる心や察する心を見せてくれました。また、勝った5年生も、上級生に泣かれてきっと驚いたことでしょう。そして、相手を負かすということはこういうことなのだと悟ったはずです。現代の子どもたちの中にも、こういった力がちゃんとあるんだと、そう強く実感した瞬間でした。あの素晴らしい光景は、今でも私の目にしっかりと焼き付いています。

「3つの礼」は心を育む

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(第65期王将戦 第6局より )

将棋はどちらかが勝ち、もう一方は負けとなるゲームですから、必ずどちらかは悔しい思いをします。しかし、気持ちを切り替えて「ありがとうございました」で終えて、また次の対局では元気に「お願いします」と始められるのが将棋です。

将棋を通じて、相手への敬意を表す気持ちや、負けても次へ進む勇気と負けから学ぶ姿勢といった大切な「心」を育んでいくことができるのです。まだ指したことがないあなたもぜひ、子どもと一緒に、将棋を学んでみてはいかがでしょうか。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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