「トーヨーカネツ杯第1回関西女流新鋭戦」予選レポート

「トーヨーカネツ杯第1回関西女流新鋭戦」予選レポート

ライター: 諏訪景子  更新: 2025年08月06日

 若手女流棋士が舞い立つ新たな棋戦が幕を開けました。「トーヨーカネツ杯第1回関西女流新鋭戦」(特別協賛:トーヨーカネツ株式会社)が6月15日(日)と29日(日)に関西将棋会館で開幕! 女流初段以下の14人に、関西研修会所属のアマチュア2人を加えた計16人によるトーナメント戦が行われました。
 注目の新棋戦は、和歌山県有田市に工場を持つトーヨーカネツが「関西の若手女流棋士を応援したい」と申し出たことで実現した非公式戦です。2日間で行われた12局(1局は不戦)の模様をお届けします。

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トーヨーカネツ株式会社 小林康紀・取締役専務執行役員の挨拶

◆6月15日

【1回戦】▲榊菜吟女流2級-△佐々木海法女流初段
 10時からは2局行われました。まずはアマ時代から仲良しのふたりが1回戦で激突。榊女流2級の三間飛車に、振り飛車党の佐々木女流初段が居飛車を選んで対抗形になりました。佐々木女流初段は急戦を見せましたが「仕掛けるタイミングがわからず、序盤は失敗でした」と本人が語る通り、榊女流2級がうまく仕掛けを封じました。
 それでも佐々木女流初段が△6五歩(60手目)と仕掛け、先に竜を作り、駒得を果たします。榊女流2級は▲4六角(67手目)と打って玉頭に狙いをつけました。後手玉に大きなプレッシャーがかかりましたが、佐々木女流初段が手番を握って攻める展開になりました。最後は攻防手を繰り出す手堅い指し回し。104手で佐々木女流初段が勝ち、2回戦に進出しました。

【1回戦】▲壽希乃香アマ-△山口稀良莉女流初段
 10時からのもう1局では関西研修会B2クラス所属の壽アマが山口(稀)女流初段に挑みます。後手番の山口(稀)女流初段が力戦模様の四間飛車で、早々と角交換をして揺さぶりをかける序盤戦になりました。しかしペースを握ったのが壽アマ。筋違いに放った▲6五角(41手目)で浮き駒を狙うと、自然に立ち回って1歩得に。さらに▲4二歩(49手目)から巧みに駒得を重ね、大盤解説会に出演した脇謙二九段、井上慶太九段、浦野真彦八段も「これは先手が大優勢」と口をそろえました。
 勝利目前かと思われた壽アマですが、駒を節約して受けた▲6六歩(69手目)で玉のコビンが空き、自玉に気をつかう展開になってしまいました。山口(稀)女流初段が放った△4五角(76手目)の王手で攻守逆転。速度計算を見切った山口(稀)女流初段が逆転勝ちに持ち込みました。惜しい将棋を落とした壽アマは「▲6六歩がよくなかったです」と悔しさをにじませながらも「女流棋士の先生と指させていただき、すごく感謝しています」と話し、大きな拍手が贈られていました。

【1回戦】▲久保翔子女流1級-△今井絢女流初段
 14時開始の対局には、女流王位リーグ、女流名人リーグに入り、出場者の中では実績No.1と言われていた今井女流初段が登場。久保女流1級は父の久保利明九段譲りの粘り強い振り飛車党です。久保女流1級の四間飛車に今井女流初段は金銀4枚のトーチカ囲いの堅陣から先攻します。遊び駒があり、竜を作られ、先に秒読みに入る苦しい展開の久保女流1級は▲3四歩(67手目)から玉頭を集中攻撃。この攻め合いが功を奏し、形勢は逆転します。
 終盤戦では今井玉に詰みが生じたものの「詰むと思っていなかった」という久保女流1級が受けに回ったことで、今井女流初段が逆転勝ちを収めました。

【1回戦】▲山口仁子梨女流1級-△岩佐美帆子女流1級
 岐阜市の鶯谷高校の先輩・後輩の間柄のふたりの対戦(岩佐女流1級が3学年後輩)は一手損角換わりになり、公式戦でも指されている定跡形に進みました。銀のぶつけを狙う▲3六歩(41手目)に呼応して岩佐女流1級が筋違い角を放って手を作りにいきます。丁寧に受けに回った山口(仁)女流1級は▲3七桂(53手目)と4五の角取りに跳ねましたが、これが危険な一手。岩佐女流1級がすかさず△7八角成と金と刺し違えて一気に攻め込みました。入玉をもくろむ先手に対して△6五歩(72手目)▲同銀△7三桂▲7四銀△6五歩と6七玉の脱出路をふさいだのが決め手になり、危なげなく寄せ切った岩佐女流1級が102手で勝利を収めました。

【2回戦】▲佐々木海法女流初段-△山口稀良莉女流初段
 準決勝進出を懸けた対局は15時開始。大盤解説会には立会人兼聞き手の長谷川優貴女流二段のほか、敗退した女流棋士や、「様子を見にきました」という室田伊緒女流三段も出演しました。同学年の佐々木女流初段と山口(稀)女流初段の対局は山口(稀)女流初段の三間飛車に対して佐々木女流初段が居飛車で端を絡めた急戦を仕掛けました。佐々木女流初段が馬を作れば、山口(稀)女流初段はそれを押さえ込みながらも飛車のさばきを図る、力のこもった中盤戦になりました。
 抜け出したのは山口(稀)女流初段。△4七と(60手目)~△3八飛成と舟囲いの急所に迫っていきます。佐々木女流初段は苦しいながらも決め手を与えずに玉の大脱走。5七から8六に一旦かわしたあと、馬を作られても、竜を取られても詰みには至らず、1二に到達しました。そして山口(稀)女流初段が△3二竜~△2三馬の詰めろをかけた第1図。

【第1図は△2四馬まで】

 ここで攻防手と言わんばかりに▲4三金と打ちましたが、△3四馬が王手金取りで打った金がすぐに取られてしまいました。既に長時間に及んでいた対局に大盤解説の脇九段と浦野八段も何が起こったのかすぐに把握できず、一拍おいて「あいたたたたた」の悲鳴が重なりました。
 ▲4三金△3四馬に▲2三銀△4三馬▲2二金と不屈の闘志で受けに回った佐々木女流初段は最後に再逆転のチャンスが訪れましたが王手の応手を誤り、山口(稀)女流初段が勝利。大盤解説会に出演した佐々木女流初段は第1図の場面を振り返り「もう、びっくりしましたー!」と明るく大笑い。つられたお客さんも表情が緩んでいました。
 準決勝進出を決めた山口(稀)女流初段は「反省点の多い内容でしたが、準決勝はしっかりがんばりたいです」と壇上で挨拶しました。

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佐々木海法女流初段-山口稀良莉女流初段の感想戦

【2回戦】▲岩佐美帆子女流1級-△今井絢女流初段
 ▲佐々木-△山口(稀)戦と同時に行われた▲岩佐女流1級-△今井女流初段は居飛車党同士の対局で、相掛かりになりました。後手番の今井女流初段は千日手でも構わない姿勢で駒組みを進めました。それでも岩佐女流1級が4筋から果敢に開戦。左美濃の堅陣が残ったまま攻め続け、ペースをつかみました。

【第2図は▲6六馬まで】

 第2図では駒の損得こそありませんが、玉形の差と駒の働きで先手が優勢です。ここで△9五角がひやっとする王手。7七に合駒をすると△8八飛成が詰めろになります。本譜は▲8六歩が「焦点の歩」の一手です。△同角は▲7七桂で、飛車取りが残ります。実戦は△8六同飛▲9六歩△8九飛成▲9五歩と進み、猛攻から一転して丁寧な受けを見せた岩佐女流1級が有田への切符をつかみました。
 優勝候補と言われていた今井女流初段はここで敗退。「一方的な展開になって、競り合いにできなかったことは残念。ただ大勢のお客様に見ていただける場で指せたのはうれしかったです」と話しました。

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準決勝進出を決めた山口稀良莉女流初段と岩佐美帆子女流1級

◆6月29日

【1回戦】川又咲紀女流初段-崎原知宙女流1級
 開催2日目の6月29日は、立会人兼聞き手を村田智穂女流三段、解説を服部慎一郎七段が務め、この月から日本将棋連盟の常務理事に就任した糸谷哲郎八段が就任お披露目でゲスト出演しました。
 川又女流初段-崎原女流1級は残念ながら川又女流初段が体調不良で欠場し、崎原女流1級の不戦勝になりました。崎原女流1級は勝ち残りの間に大盤解説会に出演し、ほぼ定員いっぱい入った会場を盛り上げました。

【1回戦】▲木村朱里女流初段-△吉川惠アマ
 開催2日目唯一の10時開始となった対局は、元女流アマ名人などアマ女流棋界で実績多数、また将棋教室での講師も務める吉川アマ(関西研修会B2)が登場。吉川アマは2手目△8四歩と居飛車を選び、振り飛車を予想していた木村女流初段を驚かせました。ただ木村女流初段も吉川アマが想定していた四間飛車ではなく、三間飛車を採用してダイヤモンド美濃に組みます。吉川アマが穴熊を目指した瞬間を狙って▲7四歩(51手目)と仕掛けました。
 お互いに馬を引きつけて難解な終盤戦に入りましたが、▲4四桂(67手目)から4筋の位とダイヤモンド美濃の厚みを生かした木村女流初段のパンチがじわじわと効き始めます。吉川アマも簡単には引き下がらない強気の受けを繰り出しましたが、木村女流初段の3段目の竜を生かした玉頭攻めが決まりました。101手目から王手が続き、123手目を見た吉川アマが投了。30秒将棋の中、木村女流初段が吉川玉を長手数の即詰みに討ち取りました。吉川アマは糸谷八段門下で女流棋士を目指しています。勝利には結びつきませんでしたが、師匠が見ている中で奮闘しました。

【1回戦】▲藤井奈々女流初段-△八木日和女流2級
 13時からの対局では最年少の新人、八木女流2級がプロ入り8年目の藤井女流初段と対戦。先手・藤井女流初段のゴキゲン中飛車に対して八木女流2級が居飛車穴熊を目指します。当初から穴熊を警戒した駒組みを進めていた藤井女流初段は、穴熊許すまじと早々に開戦。自陣の金銀を繰り出すいかにも危険な形ですが駒得に成功。対して八木女流2級は先手の歩切れが主張になりました。
 左美濃に格納された4二飛を使う△3四金(58手目)から△2五銀と駒をぶつけていく後手に対し、先手の藤井女流初段も飛車取りを受けない▲5三歩成(67手目)から攻め合いを選びます。比較すると後手玉のほうが堅く、八木女流2級が先手玉を捕まえきれれば勝ちを手繰り寄せられる局面でしたが、藤井女流初段がのらりくらりとかわしてしのぎました。八木女流2級は15時からの2回戦の大盤解説会で聞き手デビュー。積極的に質問する様子を見た村田女流三段が頼もしげに見守っていました。

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初めて聞き手を務める八木日和女流2級

【1回戦】▲松下舞琳女流初段-△森本理子女流1級
 デビュー間もない八木女流2級を除けば出場女流棋士の中で最も通算勝率が高い松下女流初段が、医師を目指して名古屋市立大学医学部医学科に在学する「二刀流」の森本女流1級と激突。大盤解説会の対局室映像には、開始10分以上前から終盤戦のように考え込む森本女流1級の姿が映っていました。
 対局は松下女流初段の矢倉vs森本女流1級のツノ銀雁木。双方ともに遊び駒のない、重厚な中盤戦になりました。松下女流初段は相手の手に乗って銀立ち矢倉の形からさらに4枚の金銀が中段に進出し、押さえ込みにかかります。先手が桂得しますが「玉形の差は桂馬1枚分以上。でもふたりとも違和感を覚える手がありません」(糸谷八段)と難解な局面が続きました。
 抜け出したのは松下女流初段。飛車に当てながら金銀の連結をよくする▲7六銀打(81手目)から、一貫して後手の攻め駒を狙い続けました。玉の薄さはデメリットでも、広さという武器があります。自玉の安全度を武器に方針を貫いた松下女流初段が最後はきっちり後手玉を詰ませました。

【2回戦】▲崎原知宙女流1級-△木村朱里女流初段
 15時から行われた▲崎原-△木村戦は、意外にも1・2回戦唯一となった相振り飛車でした。木村女流初段が端から先攻。先手の崎原女流1級は逆の端に出た角を3一に成り込み、後手の攻め駒を責めていきます。

【第3図は▲5四同馬まで】

 上図は5四の地点で銀交換をした局面です。ここで、手に入れたばかりの銀をガツンと1八に打ち込んだのが好判断。取らないと△1九銀不成▲同玉に△1六飛や△5三香があって受けきれなくなります。本譜はやむを得ない▲1八同香ですが、△同歩成▲同玉△1七歩▲2八玉△1六飛と後手が端を突破しました。このあと△5三香も実現させ、終わってみれば木村女流初段が快勝で準決勝進出を決めました。

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2回戦の木村朱里女流初段-崎原知宙女流1級

【2回戦】▲藤井奈々女流初段-△松下舞琳女流初段
 15時から行われたもう1局は、藤井女流初段の初手▲5六歩から中飛車に構え、松下女流初段が急戦の駒組みを進め、先手の美濃囲いが完成する前に△7五歩(24手目)と仕掛けました。後手が8筋にと金を作って香得すると、先手は▲6五桂(37手目)と8六の角、5四の飛車と協力した中央突破を図ります。激しい展開で中盤戦は短く、一歩も引かない終盤戦に入りました。松下女流初段は△2四香(58手目)~△3五桂と玉頭に重圧をかけます。対して藤井女流初段は4六に打った金を流れに乗って3四まで出た形(61手目)が攻防手になりました。

【第4図は▲5七香まで】

 上図は5三にいた銀を4四に上がって玉の逃げ道を通したのに対し、底歩をとがめる▲5七香で挟撃形を築こうとした局面です。ここから△5五桂▲9一竜に△2八飛が厳しい一手でした。以下、▲3八香△同成銀▲同金に△2四飛成と進み、後手玉が捕まらない形になりました。△5五桂に対しては「敵の打ちたいところへ打て」の▲2八歩がありました。薄い玉形での30秒将棋で指し続ける難しさが伝わった一局でした。
 準決勝進出を決めた松下女流初段は「この棋戦が発表されたときから和歌山に行くことを目標にしていたのですごくうれしいです」と満面の笑みで話していました。

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準決勝進出を決めた松下舞琳女流初段と木村朱里女流初段

★棋譜はアプリ「将棋連盟ライブ中継アプリ」でご覧いただけます。
https://www.shogi.or.jp/lp/mr201704/

 準決勝の組み合わせは、
・山口稀良莉女流初段-岩佐美帆子女流1級
・松下舞琳女流初段-木村朱里女流初段
です。初代チャンピオンは誰になるでしょうか。対局は8月31日に和歌山県有田市「橘家」で行われます。
 現地の大盤解説会は現在チケット販売中です。特急「くろしお」が停車する箕島駅から無料バスが運行されることになりました。午前中には久保利明九段らによる指導対局も行われます。多くの方のお申し込みをお待ちしております。

「トーヨーカネツ杯第1回関西女流新鋭戦」8/31大盤解説会のお知らせ
https://www.shogi.or.jp/event/2025/07/1831.html

諏訪景子

ライター諏訪景子

観戦記者、普及指導員(将棋指導員)。ガンバ大阪・Chage・太陽の塔が好き。紅茶アレルギー。左利き。

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