大山康晴十五世名人の指導対局は何がすごいのか?【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

大山康晴十五世名人の指導対局は何がすごいのか?【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年06月21日

手軽にいつでもどこでも対局できる将棋ですが、その勝負の中で、自分の手や相手の手を真剣に考え、最善手を求めて無言のやり取りを対局相手と重ねています。

ゲームでありつつも、「真剣になれる」ということを実体験できるからこそ、将棋から多くのことを学び取ることができるのです。

羽生三冠との指導対局と子供たち

以前、暁星小学校の将棋クラブに羽生三冠が来てくださったことがありました。2005年11月17日、将棋の日の出来事です。放課後、羽生名人がニコニコと校門に立っていたのです。憧れの羽生三冠が「遊びに来ました」といきなり現れたので、子供たちはびっくりです。羽生三冠を取り囲み、大騒ぎでした。

その時撮影した写真を見てみると、すっかり子供たちに同化し、羽生三冠の眼は子供たちと同じようにキラキラ輝いていました。

この日、羽生三冠は子供たちと記念写真を撮っただけではなく、指導対局もしてくださいました。「多面指し」という、一度に何人もの相手と指す対局の仕方で、多くの子供たちに対して羽生三冠が順繰りに相手をしてくださったのです。そのとき、羽生三冠に「平手でお願いします」と挑んだ子がいました。驚いて焦ったのは、私です。「宇宙で一番強い人に、この子はいったい何を言っているんだ」と。ところが、羽生三冠は嫌な顔一つせず、「いいですよ」と相手になってくれて、世にも無謀な対局が始まりました。

しかし当然のことですが、その子はあっけなく吹っ飛ばされて、顔を真っ赤にしながらようやく小さい声で「負けました」と宣言しました。すると、残り時間があまりなかったにもかかわらず、羽生三冠は「もう一局対局しましょう」と申し出てくれたのです。そうしたら、その子の顔がぱっと明るくなって、「四枚落ちでお願いします」と頭を下げました。

将棋では、棋力の差によって、上手の駒を減らしてハンデをつけて戦う「駒落ち戦」をします。「四枚落ち」とは、羽生三冠の駒を4つ減らした状態で対局を始めます。本来なら、最初からそうした駒落ち戦をするのですが、身のほどを知らないその子は当初、ハンデなしの対局を望んだのでした。

しかし今度は、さっきの無謀さはすっかり影を潜め、その子はじっくりと考え始めました。羽生三冠が銀を出したら銀を出す、歩を出したら歩を出す、という具合に、手を真似て指していくことをしたのです。羽生三冠の顔も真剣そのもの。駒落ちでも、子供が相手でも、いいかげんに手を抜いて指すことはしません。その姿勢で、羽生三冠は子供に「伝え合い、学び合う」ということを示してくれたのでした。

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(第65期王将戦 第1局より )

子供たちが自ら気づけるよう、一歩踏み込んだ指導対局を

プロ棋士はたくさんの人を相手に、駒を落として対局することができます。それでも勝ちを収めるのですから、そのすごさを痛感させられます。それと同時に、その姿勢から他者に対する気づかいや思いやりも教えられます。

故大山康晴十五世名人はアマチュアの指導に定評があったといいます。指導対局では、相手に有利な局面にわざと導き、好手が出やすいようになさったそうです。そうしておいて、「あっ、飛車があったか・・・」などと独り言をつぶやいたとか。独り言を装って、さりげなく相手に「次にいい手があるよ」「よく考えてね」と伝えたわけです。

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この方法は子供の指導にはとても有効で、私もそれを参考にさせていただいています。「将棋カード」をいつも持ち歩いて、好手が出る局面ではさりげなくその札を子供に示すようにしています。あくまで決定権は子供自身にゆだねることがポイントなのです。

子供が自分自身の力で真剣に考えているときに、「こうした方がいいよ」などと口出ししては、子供のやる気をそいでしまいます。私が示した「将棋カード」がヒントになって、子供が自分で気づいてくれたら、それが一番力になると思うのです。

対局後の感想戦で、「こうすればよかったね」と局面を戻して指導するのも大切なことです。が、それに加えて、このような形で子供たちが自ら気づいて、自分でそれを選べるような、もう一歩踏み込んだ指導対局を行うのも、子供に自信とやる気を与えることになるのではないかと考えてきます。

子供たちが「真剣になれる」実体験を重ねることが何より大切

こうした指導の経験をしばしば講演でお話させていただく機会があるのですが、講演後に、「先生は、将棋で何を子供たちに身につけさせたいのですか?」とあらためて尋ねられることがあります。

長い間、子供たちに将棋を教えてきて強く感じているのは、将棋をすることで子供たちが「真剣になれる」実体験の重さ・大切さです。技術的・戦略的なことを指導するよりも、私はまず「この時間だけは真剣に!」と子供たちに言い続けています。マナーを教え、将棋に真剣に取り組ませることに重点を置いています。

手軽にいつでも、どこでも、誰とでも対局できる将棋ですが、対局相手との無言の会話を通じて、多くの人生における大切なことを学び取ることができます。将棋を通じての「真剣になれる」実体験から、「心構え」や「持続力」「忍耐力」「思いやりの精神」「学び合い」「伝え合い」などを学び取っていってほしいと思っています。

そう、「将棋で心を育てる」――これが、先の質問への私の答えです。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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