ライター安次嶺隆幸
負けを力に変える地道な努力。自分の弱さを知ることで手に入れられるもの【子供たちは将棋から何を学ぶのか】
ライター: 安次嶺隆幸 更新: 2017年05月25日
負けることは、大人になっても悔しいことです。しかも将棋は、自分で「負けました」と宣言するわけですから、いくらまわりで「間違えることは恥ではないよ」「弱さを認めることは恥ずかしいことではないよ」と言ったところで、子どもにしてみれば悔しさは簡単に拭い去ることはできないでしょう。将棋を通じて、自分の弱さに打ち克ち、弱さを克服した充実感を得て、子どもはひとまわり成長していくのです。
負けを通じて子どもたちの心が成長していく
実際に、子どもの将棋大会では「負けました」と口にすることができない子をよく見かけます。
あれは数年前の「JT将棋日本シリーズ子供大会」の2回戦が終了したときのこと。一人の子が号泣していました。自分の負けに対する不甲斐なさのために、悔し涙に暮れていたのです。 私は近づいて、「将棋は負ければ負けるほど強くなるゲームなんだよ。きみはえらいね。きっと強くなるよ!」と言葉をかけました。すると、隣の子もすかさず、「そうだよ。おれも2連敗やで。大丈夫、大丈夫!」と独特の関西弁でなぐさめてくれました。号泣していた子は少し安心したような顔をして、次の対戦に向かっていきました。
3回戦が終わったあと、あの子のことが気になり、低学年部門のフロアに戻ろうとしたとき、「ぼく、勝ちました!」とあの子が笑顔で話しかけてきたのです。「それはよかったね。おめでとう!」。 私はその子の頭をなでて答えました。
悔しくて、悔しくてこぼした大粒の涙は、あの子にとって決して無駄なものではありませんでした。2度の負けは、彼の心をひとまわり大きく成長させたのです。その成長を感じ取ったのは私だけではなかったようです。明るい笑顔を見せる彼の後ろには、両親がうれしそうな顔でお辞儀をしている姿がありました。
地道な努力を重ね、やがて努力が実を結ぶ
将棋をやっていると、自分の弱さに気づかされます。しかし、それに克たなければ勝負にも勝てないと子どもでも感じるのでしょう。だからこそ勝ったときには「やった!勝てた!」と喜びが何倍にもなるのです。そして、「今度はこうしてみようかな」と、ひとりで将棋を指して研究するようになるのです。将棋を楽しんでいる子どもたちは、将棋というゲームを通じて自分自身と向き合う面白さを感じてくれているのではないでしょうか。
将棋は自分だけの力で戦うゲームですから、根本は自分です。勝っても負けても常に自分に返ってきます。これは一見過酷なようですが、負けて悔しいからこそ、本を読んで研究したり、何度も棋譜を並べて振り返ったり、終盤力をつけようと詰将棋を学習したりするのです。
その努力がいずれ実を結び、「勝ち」という結果となって表れます。そうなると自信がついてきて、学習することがより楽しく意義のあるものに感じるのです。その一方で、何度も「負けました」を言うことを通して、地道な努力・振り返りをしていないと次に勝てないということを、身をもって体験するのです。
子どもたちにとって、負けること、間違えることは恥と感じるかもしれません。しかし、将棋には感想戦という、一局を振り返る儀式があるおかげで、恥が恥ではなくなり、冷静に対局を振り返ることができるのです。負けて悔しい気持ちを折りたたんで、どうして負けてしまったのか、敗因を検証することができます。
弱さを克服し、自分の心に克つことを学んでゆく
こうして対局を重ねていくうちに子どもたちは、本当の勝負は相手に勝つことなのではなく、自分の心に克つことだと理解していきます。目の前の相手に勝ったことが嬉しいのではない。その喜びは、自分の心の弱さに打ち克ち、弱さを克服した充実感から生まれるものなのだということを、子どもたちは学んでくれているのです。
自分の弱さをしっかりと見つめたからこそ、その弱さを自ら克服していこうという意志が生まれます。そして対局を重ねていくうちに、多くを学び取り、少しずつ成長していくのです。