羽生三冠が相手の得意戦法にあえて立ち向かう理由とは?【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

羽生三冠が相手の得意戦法にあえて立ち向かう理由とは?【子供たちは将棋から何を学ぶのか】

ライター: 安次嶺隆幸  更新: 2017年05月17日

将棋は、片方が勝ち、もう一方が負けるという、結果がハッキリと形に現れるゲームです。ともすれば、勝敗の結果だけに注目して一喜一憂してしまいがちですが、勝って学ぶこともあれば、負けから学ぶこともあります。

勝敗の結果以上に、長期的な視点で「子どもの成長」を見守っていてほしいものです。

自分の弱いところを認める勇気を持つ

将棋では、完全に、完璧に、完封して勝つことはできません。盤上のあちらこちらで起こるすべての戦いを制して、ひとつの駒も失わずに相手の王様を取るなどということは不可能なのです。というより、将棋の目的は相手の玉を詰ますことですから、盤上のすべての戦いを制する必要はないのです。

しかし、あの駒もこの駒も取られたくない、盤上のどこの戦いでも負けないぞと意気込んでしまったら、冷静に自分を見られなくなっている証拠です。勝負以前に自分の欲に負けてしまっているのです。

勝負に勝つためには、自分の弱いところをまず認める勇気を持つことです。 盤面における弱いところや、自分自身の弱点を把握できれば、それに応じた対応を考える足掛かりになります。つまり、弱いところを自分で探し出すことが勝負の神髄とも言えることなのです。

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堀隆弘=撮影、プレジデントファミリー=画像提供

相手との主張をぶつけ合い、心のキャッチボールを

相手と一手ずつ交代に指しながら進行していく将棋は、自分の手だけではなく、相手の手の意味も考える必要があります。相手も狙いを持った手を指してきますから、すべて自分の思い通りにすることはできません。ときには、相手の主張を受け入れることも必要です。妥協できる着地点を探しながら、自己主張していくゲームでもあるのです。

相手の指し手と自分の指し手を重ねていき、一緒に一局を作っていきます。ですから、いくら自分で先の先まで読んでいたとしても、相手が一手でも自分の読みと違う手を指したら、それまでの読みを捨ててもう一度読み直すしかないのです。相手に「ここは、その手じゃないだろう」などと言えるはずはありません。

また、対局中に本人は100点の手を指しているつもりでも、実は80点、60点、もっととんでもなく悪い手だったということもあります。しかし、その悪手が相手の悪手を呼ぶこともあるのが面白いところでもあります。

将棋では、自分だけ得をしようとか、自分だけよければいいという態度は、ひとりよがりで虚勢を張ったような、弱さの裏返しです。ある部分では自分が折れて、相手の主張を通す。でも、私は別の部分で主張する。そういう無言のキャッチボールが大事なのです。

自分の弱さを認めることが、弱さを克服することにつながる

戦法にしても、自分の得意・不得意があることでしょう。相手が得意な戦法においては、素直に相手のほうが上だと認めることができれば、そこでは相手の言い分を聞いてみようという態度で臨めます。感想戦などで、その分野の専門家の声に素直に耳を傾けてみることで、「なるほど」と感じることは多いものです。勝負では負けてしまったとしても、その経験を参考にして、次の機会に自分で応用できればよいのです。

自分の弱いところを素直に認める勇気を持つことが、相手の学びから自分も多くを学び取ることにつながり、大きな視点に立ってみれば、自分の弱さを克服することにつながるのです。

羽生三冠は、しばしば相手の得意戦法に敢えて立ち向かっていきます。何も戦法を相手に合わせる必要はありませんから、素人考えでは、相手が得意な戦法を避けて、違う戦法で戦えばいいようにも感じられます。

しかし羽生三冠は、相手が自分よりその戦法に秀でていると認めているからこそ、言い換えれば、自分の弱さを認識しているからこそ、敢えて相手の得意戦法に挑んでいるのです。相手の学びを自分も学ぼうというその姿勢、その謙虚さ。ひょっとすると、これこそが羽生三冠の強さの秘密なのかもしれません。
自分よりもっと上があり、まだまだ学ぶべきことがある。そう思える謙虚さが、学び、成長する原動力になるのです。

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(第87期棋聖戦 第5局より )

勝ち負けよりも長期的な成長を

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言いますが、まさにその通りだと思います。人間、偉くなるほどに、徳を積めば積むほどに謙虚になるものだとこのことわざが言うように、将棋も本当に強い人ほど自分の弱さを知り、謙虚になれるということなのでしょう。

子どもの将棋の勝ち負けに親が一喜一憂するのではなく、しっかりと負けを認められたこと、感想戦を指せたことを認めてあげましょう。 弱さを認めるということは、学びにもなり、つまるところ本物の強さを育てる道でもあるのです。

子供たちは将棋から何を学ぶのか

安次嶺隆幸

ライター安次嶺隆幸

東京福祉大学教育学部教育学科専任講師(元私立暁星小学校教諭)。公益社団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー。 2015年からJT将棋日本シリーズでの特別講演を全国で行う。中学1年生のとき、第1回中学生名人戦出場。その後、剣持松二九段の門下生として弟子入り。高校、大学と奨励会を3度受験。アマ五段位。 主な著書に「子どもが激変する 将棋メソッド」(明治図書)「将棋をやってる子供はなぜ「伸びしろ」が大きいのか? 」(講談社)「将棋に学ぶ」(東洋館出版)など。

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