老前整理の旅――鈴木輝彦八段

老前整理の旅――鈴木輝彦八段

ライター: 鈴木輝彦  更新: 2020年12月04日

 今から12年前の5月。53歳の時に、何を想ったか部屋の片付けを始めた。

 理由は特に無いと思っていたけれど、師匠を含めて親しい棋士が続けて亡くなったことも遠因だった気がする。
 始めてみると、少しずつ楽しくなってきたが、比較的豊かな人の「断捨離」でもなく、若い女性の「トキメキ整理術」程、夢がある訳でもなかった。

 とりあえず、一日に一つ、何でもいいから捨てることを決めた。ありがたい事に、棋士として生活出来るようになって、物はどんどん増え続けていた。気に入らなくて捨てる洋服はあっても、それ以上に購入していた。
 趣味のマジックの道具は先ず減らすことはなく増えるばかりだった。
 この決意を2年ばかり続けると、やっと、すっきりした感じにはなった。それからは一週間に一つ捨てるペースで来ている。

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趣味のマジックを披露する鈴木輝彦八段

 とにかく、余分に物を持たないと決めたが、物の「数」は意外に難しいとしみじみ思った。
 最大にして最少の数。これを見つけるまでが大変で、5年は掛かった感じだ。

 無くても困るが、有っても邪魔になる。スーツ一つ取っても、二つの季節で10着ずつあればと考えてきたが、どうだろうか。
 思い切って7着ずつにしてみて、新調したらその分必ず捨てることにした。どうも、今はこの数が最大にして最少のようだ。
 毎日履く靴の数にも苦労した。奨励会のころは一つの革靴で、スニーカー、サンダル、普段用を兼ねて使っていた。ゆえに、半年ぐらいしか持たなかった。

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 今はそれぞれ持った上に革靴はローテーションで履いている。これだと一足三年は持つようだ。それでも20足以上は、どう見ても多い気がした。ここでも、思い切って10足とした。買ってくれば、未練が出て残してしまいそうなので、買った処で履いていた靴を引き取って貰うことにした。

 12年掛けて未だに整理の達人になってはいない。「いまだ山麓」といったところか。
 だた、感じることは、自分という人間のサイズに合った数というものが、如何に難しいことかということだ。
 人生そのものが、この適正な数を探す旅なのではないかと思ったりもする。
 小さくは、腕時計やワイシャツの数まで、丁度いい数が見えてきた。有って邪魔だし、少なくても困る。バックパッカーの達人は下着のパンツは二つあればいいと聞いた。

 写真は百枚、蔵書も百冊。マジックの道具もあげたり捨てたりして半分位に整理した。
どうも整理は一生の旅になりそうた。

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 先輩棋士の滝誠一郎八段にあって、「どうしてる」と訊かれ「老前整理に励んでいます。この写真、滝さんが写っているのでどうぞ」と手渡すと「ありがとう。でも老前ではなくて、どうみても終活でしょう」と厳しい一言が返ってきた。

 やっと高齢者になった私に対する、「これからだよ」という有難いはなむけの言葉と受け止めている。

私のシリーズ

鈴木輝彦

ライター鈴木輝彦

1954年10月18日。静岡県袋井市出身。(故)廣津久雄九段門下。
1978年12月14日四段。2017年5月29日より日本将棋連盟理事。
趣味はマジック

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