将棋地口・第10笑 『3手・ド・ウ~』

将棋地口・第10笑 『3手・ド・ウ~』

ライター: 谷木世虫  更新: 2018年07月26日

将棋地口

将棋クラブというのは、そこに初めて行く人にとってはかなり入りにくい所ではないでしょうか?

私は今でこそ、棋力は低いながらも将棋クラブの席主をしていますが、棋力が低い人には遠慮する気持ちが働いて、どうにも将棋クラブは敷居が高く思えるのです。ましてや"将棋道場"となると、なおさらです。とはいえ、有段の域にある人は慣れたもの。入りにくさはすでになく、堂々と「まいど~!」と言って入っていくわけです。私はいつも、この将棋クラブがそうした気さくな雰囲気であるよう心掛けているつもりです。

その甲斐あってか、自分で言うのもヘンですが、最近は我が家のごとく、「チワッ~!」と言って入ってくるお客さんが増えた気がしております。

慣れてもらえればしめたもので、居心地の良さにも気づいてもらえます。入りにくさを感じていた人が思っていた"取って食われる"といったこともなく、また、当クラブの強い人は皆さん親切で、丁寧に教えてくれます。全40席ですからちょうど手ごろな広さで、家庭的な雰囲気でもあります。

今日もまた、あちらこちらから楽しい会話が聞こえていますが、隅の方では1局、常連のバタやんが初めて来たお客さんと指しています。そこに級位者の常連さんがやってきました。

「チワッ~!」

それを認めたバタやんは、

「お~、まいど~。あとで指そうか?」

と、いつもの気さくな声で話し掛けていきました。彼は本名を○畑幸男といい、アマ三段で指している人で、級位者にやさしく教えてくれる人気者。今来た常連さんの先生の一人でもあります。

「はい。ぜひ1局ご指導を」

常連さんはあとでの対局をお願いしつつ、バタやんの席に近づいていきました。

バタやんの相手もアマ級位の申告者で、取りあえず飛車落ちで指してもらっています。ついでに私も覗いてみましたが、局面はほぼ定跡形の進行で、アマ級位者にしてはよく知っている感じです。将棋クラブという所には初めて来たとのことで、「いや~、どう指していいのか分かりません」などと、どこか遠慮気味に言いながら考えています。それが図の局面で、上手が少し前に7筋で歩交換をした銀を引いたところです。

ここで教え上手なバタやんは、遠慮気味の下手に花を持たせようと、緊張をほぐすような地口を言ってヒントを与えました。

「将棋の読みの基本は、3手・ド・ウ~というのですヨ。この場合は、成り捨てる・取る・叩くかな?」

この地口は目薬の名前、サンテドウに引っ掛けたもので、もちろん3手の読みという意味です。私も将棋を習い始めた当初、さんざん皆からそれを言われ、そして少しずつ覚えてきたため、身近な地口として親しみがあります。

しかし、相手のお客さんはまだ緊張が残っていて、バタやんの地口を受け入れる余裕はなかったようです。

「サンテドウ~ですか......?」

彼は、鳩が豆鉄砲を食ったような目をバタやんに向けましたが、どうやら目薬でも差してスッキリする必要があるように思えました。

【図は4三金寄まで】

*図は、▲3五歩に5三の金を△4三金寄と上手が受けた局面です(△4三金寄で△3五同歩は、▲3四歩で上手は桂損になります)。 図で、バタやんの3手の読みは、▲4一歩成△同銀▲4四歩(参考図1)でした。

【参考図1は▲4四歩まで】

最後の▲4四歩が上手にとって厳しい手で、△4二金引なら▲3四歩(参考図2)で、上手は桂損が必至で、下手良し。

【参考図2は▲3四歩まで】

そこで、▲4四歩(参考図1)の直撃を食っては勝てないと見た上手は、▲4一歩成に△同銀ではなく△5三銀上と抵抗するかもしれません。その場合でもやはり▲4四歩と叩き、△同銀に▲4二と(参考図3)が決め手の好手となり、やはり下手良しになります。

【参考図3は▲4二とまで】

参考図3で△4二同金引は▲4四角、△4二同金寄は▲2三飛成。どちらも下手優勢です。

なお、△5三銀上▲4四歩に△同銀ではなく△同金でも、▲4二とです。

ちなみに、開始図で下手がよくやる間違いとして▲3四歩があります、これは△同金(参考図4)とされ、紛れの多い局面になりますのでご注意ください。

【参考図4は△3四同金まで】

谷木世虫

ライター谷木世虫

東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。特に、客の間で交わされる地口はユーモアと機知に富み、面白いもので、「文化」と感じられるほど。そこでそれを残そうと、この欄の執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司八段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。
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