将棋地口・第15笑 『くれないお仙』

将棋地口・第15笑 『くれないお仙』

ライター: 谷木世虫  更新: 2018年12月10日

師走に入り、街では早晩、クリスマスソングが流れる季節で、恋人達に楽しい時期です。若いということは、ただそれだけで素晴らしいこと。できればそんな時代に戻りたいと思うのですが、昔を思うようになったらダメ。それは歳を取った証拠だという友達がいます。確かにそう言われればそうですが、仮に若いときに将棋を覚えていたら、今ではアマ三段、いや四段になっていただろうと思うと、やはり昔に思いがいってしまうのです。それにしてもなぜ、そんな私が将棋クラブの席主になったのでしょうか?

「まっ、人生いろいろあるわけだ。でも、俺ももっと早く将棋をやっていたらと思うヨ」

当クラブの常連、ミヤさんと呼ばれるアマ1級の人も同じ意見でした。

「そうすれば、この俺だってとっくにアマ三~四段は張っていたはずだゼ」

ミヤさんも、こういうゲームは若いうちに始めるにかぎると、つくづく思っている一人。本名を宮田昌明といい、ほんの2~3年前に将棋を始めた人です。

私とは年齢も近く、同類合い憐れむの仲。そのせいかウマが合い、そうした話になるといつも二人で慰め合っているのです。

今、彼はアマ三段の年配の常連さんと飛車落ちで指しているのですが、観に行くと上手(うわて)にしっかりと押さえ込まれています。

「それにしてもミヤさん。俺とやると、だいたい手も足も出ない状況になるネ~」

「それを言わないでくださいナ。俺だって何も好きでこうしたんじゃないんですよネ~」

ミヤさんは哀願するような目を向けていきましたが、上手の指し手は辛く、ますます何もできない状況になったのです。と、そこでミヤさんは自虐的な洒落を発しました(図)。

【図は△4五歩まで】

「あぁ~あ、くれないお仙かヨ」

駒も取らせてくれず、何もさせてくれないという意味のこの地口は、時代劇によく出てくる"紅(くれない)お仙"に掛けたもの。特別な意味はなく、単に語呂合わせのものです。

「くれないお仙でも、くれるお香(きょう)でもいいから、それ! 何かやって来い」

相手のアマ三段氏はニコニコしながらミヤさんをからかっています。私はとても他人事とは思えず、自分なりに手を考えてみましたが、どうにも浮かぶものではありませんでした。

「ここから下手が勝つのはタイヘンじゃないの? もう投了して、席主と二人で"将棋ごっこ"でもした方がいいんじゃないかな」

アマ三段氏は得意満面です。

「悔しいナァ~!」

「ホント、ホント」

ミヤさんと私はデュエットで抵抗しましたが、いい手は浮かびませんでした。しかし、アマ三段氏の次の言葉が我々の気持ちを"救ってくれるお仙"だったのです。

「俺も将棋を始めたのは三十過ぎだったけど、頑張ればすぐアマ初段にはなるヨ。二人ともなかなか筋はいいからネ」

*図はミヤさん達の将棋で、飛車落ち定跡からだいぶ変化した局面です。現在、駒の損得はないものの、"駒の効率"という視点で判断すると、すでに大差がついているといえます。

ミヤさんはどうして、こうなってしまったのでしょう? 問題は仕掛けにあったのかもしれません。その局面に戻して見てみましょう。

参考図1は、飛車落ちの「基本局面」です。ここまでミヤさんは定跡をしっかり覚えているようです。

【参考図1は△6五歩まで】

基本局面から下手は▲4五歩と仕掛けるのも、定跡が教えるところ。以下、△4五同歩▲同桂△同桂▲2二角成△同金▲4五銀△4四歩(参考図2)となり、ここからミヤさんの実戦は▲5六銀△3二金▲2九飛△3八角▲3九飛△2七角成▲7七桂△2八馬▲8九飛△6四馬▲4八金△5五歩▲4七銀△4五歩という手順を経て図の局面(図は△4五歩まで)となります。。途中、無駄な手もあり、より下手は難しくしたのです。

【参考図2は△4四歩まで】

では、どうすれば良かったか? お薦めの手順は、基本の参考図1から▲4五歩と仕掛け、△同歩のときに▲同桂ではなく▲同銀と銀で取る手です(参考図3)。これが分かりやすい手なのです。

【参考図3は▲4五同銀まで】

以下、△同桂▲2二角成△同金▲4五桂(参考図4)となって銀と桂の交換で下手は損なのですが、続いて△4二銀▲4四歩△同銀▲5六桂△4三歩▲4四桂△同歩▲5三銀△同銀▲同桂成△同金▲3一角(参考図5)となり、下手優勢。シンプルながら破壊力抜群の手順です。この手順中、▲4四歩の叩きから▲5六桂が大事な手順。これはぜひ覚えてほしい攻め筋です。

【参考図4は▲4五同桂まで】

【参考図5は▲3一角まで】

なお、上手の変化として、参考図3で△4五同桂ではなく△4四歩もあります。これには以下、▲4四同銀△同銀右▲同角△同銀▲同飛△4三銀▲4七飛(参考図6)で下手優勢です(上手は、歩切れが痛い)。

【参考図6は▲4七飛まで】

この変化では、参考図6の▲4七飛が肝心な手で、3七の桂にひもを付けておくのが大切なところです。普通は▲4九飛と深く引くのですが、それは以下、△2五桂のタダ捨てが上手の強手で、▲同歩△5五角打▲7七桂△3七角成(参考図7)となり、上手と下手の実力差を考えると、下手に大変な局面です。

【参考図7は△3七角成まで】

将棋地口

谷木世虫

ライター谷木世虫

東東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。前回は、将棋道場で聞かれる数々の「地口」をシリーズで紹介したが、今回は「川柳」がテーマ。これも地口同様、ユーモアと機知に富み、文化として残したいものとの思いで、このコンテツの執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。
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