ライター谷木世虫

将棋地口・第3笑 『アラという魚は骨ばかり』
ライター: 谷木世虫 更新: 2018年04月10日
我が将棋クラブは海のそばにあるのですが、最近は大きなビルが建ったり、大型デパートが進出したりで、もうすっかり様変わりしてしまい、とても海のそばといった雰囲気ではなくなってしまいました。それに合わせるように店内も数年前に改装をしたのですが、同時に、それまでの酔香将棋道場から酔香将棋"クラブ"と、名前も今風に改名したのです。しかも、全席禁煙に...。
禁煙の方は、それこそ時代の流れですから仕方ないと思いますし、煙草の本数が減って健康にはとても良いと思うのですが、「でも、その反動で家に帰ってからの本数が増えたヨ」という常連さんもいて、愛煙家にはどちらが良いのか分からないようです。ただ、禁煙のお蔭で小学生や中学生の子供が増えてきたのは事実。今はプロの藤井聡太六段の効果もあってか、一日に3~4本はお母さんからの問い合わせの電話が入るようにもなりました。
しかし禁煙はともかく、将棋クラブという言い方には当初、あらっ? といった多少の抵抗があったのです(私はいまだに、しゃべるときは"道場"と言ってしまいますが)。
将棋は、ある面でその道を追求する、つまり将棋道といった面があり、それにはやはり道場という呼び方がピッタリくるような気がするのです(名前を変えていながら、おかしな言い分ですが)。
変更当時、お客さんの多くも似たように感じていて、「アレッ、クラブなの?」「アラッ、カタカナかヨ?」といった「アレ・アラ・オヤ」の声が聞かれたものでした。
でもまぁ、数年が経ってお客さんも慣れてしまうと、もうそんな声は聞かれず、「アレ・アラ・オヤ」は、将棋の中だけになっていきました。
今日も、すでに2~3の対局からその声が聞こえています。
「アリャまぁ~、間違っちゃったよ~」
いつもの大声を張り上げていたのは通称、忠(ちゅう)さんと呼ばれている60年輩のアマ四段の人でした。近寄ってみるとその言葉とは裏腹に、忠さんの方が面白そうな局面です。忠さんは三味線を弾くのも上手いため、それを知っている相手はしっかりと読みを入れ、詰めろを掛けていきました。それが図の局面(次に△2九馬▲同玉△3八銀以下の詰めろ)。さすがにアマ四段同士の一戦で、一手争いの終盤戦です。
忠さんもここが肝心と珍しく静かになり、真顔で考えていましたが、フッと大きくため息をつき、図で▲4九金と指しました。ところが、
「アラッ、ひどいタコだね、コリャ~。3九に打つつもりが、手が滑っちゃったヨ」
と、忠さん。
どうやらこれは本心だったようですが、すると間髪を入れず、相手が古典的な洒落を言ったのです。
「アラという魚は骨ばかり!」
これは、あれっ? という疑問符と、魚の粗(あら)とを掛けた洒落で、この場合は、気づいてみたら実(身)のない骨のような手だった、という意味になるでしょうか。
高級魚とされる、魚偏に「荒」と書く魚とは違い、忠さんはまさに粗煮状態。しかも、味のない粗煮になってしまったのです。
実戦は▲4九金以下、△同金に動揺した忠さんが▲2二角成と自爆。顔には虫を噛み潰したような、苦味が十分に走っていました。
【図は△4八金まで】
*実は、忠さんの指した▲4九金は絶妙手。△同金に▲3二成銀(参考図1)で一手勝ちでした。
【参考図1は▲3二成銀まで】
忠さんは当初、▲4九金で▲3九金と受け、以下△同金▲同銀△同馬▲2八金(参考図2)と受ける予定でした。
【参考図2は▲2八金まで】
しかし、それは△1七銀(好手)▲同香△4八金▲1八飛△3八銀(参考図3)で受けナシ(後手勝ち)になります。
【参考図3は△3八銀まで】
本譜、▲4九金に△同金と取らせ、後手の金の位置を変えておく(詰めろを消しておく)のがミソなのです。
将棋地口


監修前田祐司九段
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。