将棋地口・第2笑 『宝塚過激団』

将棋地口・第2笑 『宝塚過激団』

ライター: 谷木世虫  更新: 2018年03月20日

将棋地口

 今晩は、仕事帰りに一杯ひっかけて当道場(おっと、将棋"クラブ"でした)に寄ってくれた常連さんがおります。平日の夜、それも9時を回っているのですが、どういう風の吹き回しか、今日はけっこうな人で賑わっているのですね。ちなみに、当クラブの営業時間は、午後1時から午後10時までです。

 平日は毎日やっているトーナメント以外、特別、これといったイベントがあるクラブではないのですが、ありがたいことに今晩は盛況で、あちらこちらで楽しい会話が行き交っています。

「今晩は大勢いて、賑やかですね」
「いや~、嬉しいことですが、どうしてでしょうかネ? 暖かくなったからでしょうか?」

 常連さんは席主の私に話し掛けてきて、珍しいナという顔をしました。そして、顔見知りのザッカさんと呼ばれる人の脇に腰を降ろし、対局が付くまでしばらく見学することになりました。

ザッカさんは、商売が雑貨屋であることからそう呼ばれていて、冗談や洒落が好きで、とてもウィットに富んだ人なのです。

「今日はずいぶんと遅いご帰還じゃゴザンセンか?」

 ザッカさんは盤に目をやったまま、その常連さんに人懐(ひとなつ)っこい声で話し掛けていきました。

「えぇ、年度末の付き合いで、軽く飲んできたものですから」
「そりゃまたケッコウ毛だらけだ。おっと、敵にそうこられては、こっちも黙っちゃいられないっていうモンだぜ」

 私もついでにザッカさんの将棋を覗きましたが、局面は中盤の戦いに入っていて、駒がたくさんぶつかっています。

「今晩は、ザッカさんの将棋もこのクラブ同様、だいぶ賑やかじゃないですか」

 と常連さん。

「そ~よ、切った張ったが将棋の面白いところヨ。こ~でなくちゃイケネ~や。そうだろ~」

そう言って、ザッカさんはグイッと銀を出ていきましたが、私がフッと隣の対局に目を向けてみると、そちらの将棋もかなりの激戦となっていたのです。

 陽気が良くなり、皆さん、自分では気づかぬうちにウキウキとしているのでしょうか? それとも日ごろの憂(う)さを晴らそうということ、あるいは、景気が良くなるようでなかなか実感が伴わないやるせなさを、将棋にぶつけているのでしょうか?

気がつくと、それまで楽しい会話が続いていたほかの対局も、「ヒェ~!」とか「アリャ~!」とか「トリャ~!」などといった、意味不明の音声に変っていました。将棋クラブというより、どちらかといえば剣道の道場にでもいるような雰囲気になっていたのです。

 そんな中、ザッカさんの将棋は図のような終盤の局面を迎えました。

 今、時間に追われた相手が、少し慌て気味に激しく銀を打ち込んできたところです。

するとすかさず、ザッカさんには比較的新しい洒落が大声で出たのです。その声には、日ごろの憂さを吹き飛ばすパワーがありました。

「待ってました、宝塚"過激"団!」

【図は△2七銀まで】

*図から、▲2七同銀△同歩成▲同玉△4九竜(参考図1)が後手の読みでしたが、先手の持ち駒に銀が加わったため、以下、▲6一竜△同玉▲5二金△同玉▲4一銀△6一玉▲5二金△7二玉▲6一角(参考図2)△8二玉▲8三歩△9二玉▲8四桂まで、後手玉は詰んでしまいました。

【参考図1は△4九竜まで】

【参考図2は▲6一角まで】

谷木世虫

ライター谷木世虫

東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。特に、客の間で交わされる地口はユーモアと機知に富み、面白いもので、「文化」と感じられるほど。そこでそれを残そうと、この欄の執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司八段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。

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