将棋地口・第1笑 『シャ~取る、シアトルはアメリカの港』

将棋地口・第1笑 『シャ~取る、シアトルはアメリカの港』

ライター: 谷木世虫  更新: 2018年03月08日

 今年も早いもので弥生3月となり、だいぶ春めいてきました。とはいえ、まだ朝晩は冷えるのですが、重いコートを脱いで、心も軽やかにスキップし、ルンルン気分で外出できるのももうすぐです。

 さて3月は、季節はもちろん年度の変わり目でもあります。今月からこの「将棋コラム」のコーナーに、新しく「地口」(じぐち)の紹介をさせていただくことになりました。しばしの間、お付き合いいただければ幸いです。

 「地口」とは、諺(ことわざ)や俗語などと同音、あるいは音声(発声)の似通った別の言葉を当てて、違った意味を言う洒落のこと。例えば、「舌切り雀」を「着たきり雀」と言い換えるというようなことです。ほかのコラムや記事をお読みになり、お疲れになった頭をここでちょっとリラックスさせていただければ嬉しいかぎりといえます。

 舞台は私が席主を務める「酔香(すいきょう)将棋クラブ」。この名前も地口のようなもので、"伊達や酔狂で"と言うときの"酔狂"に掛けた洒落なんです。将棋は強くないけど、指すのが好き、人と話すのも好きという思いからのネーミング。よって、来るお客さんも"物好き"が多いのです。

 3月のある土曜の昼下がり。今日も酔狂なお客さんが来てくださっています。皆さん、春を迎え、心成しか盤に打ち降ろす駒の音が弾んでいるようです。

「春は春でも、こちとらのハルは、切った張ったのハルばかり。将棋指しは、しがネェ~ってナ」
「おゃ、でもシゲさん、今日はなかなか風流じゃないノ」
「そうほめられると、イヤ、実に嬉しい!」

 本日一番にお見えになったお客さんは、年配の方お二人でしたが、どうやら季節は人を歌人に仕立てる力があるようで、シゲさんから、フッと溜め息のような洒落が口を突いて出てきました。もっともこのシゲさんは、いつも冗談を言いながら将棋を指していて。今では聞かれなくなった古典的な洒落をよく口にして、時々、若いお客さんから、「それって、どういう意味?」と、質問されるのです。

 洒落やジョーク、また近ごろではギャグなどとも言いますが、これらは皆、その時代々々に生まれるものですから、世代が違えば分からないのは仕方ないのかもしれません。でも、できればそんなささやかな地口(じぐち)も、次の世代に受け継がれていってほしいと思うのです。

「おっと、アメリカの港かよサ」

 シゲさん達の将棋が図の局面になったとき、またシゲさんから洒落が発せられました。すると、さっきから向こう隣で指していた高校生の利夫君が、怪訝(けげん)な顔を向け、質問してきたのです。

「なんですか、アメリカの港って?」

 確かに、ただアメリカの港ではなんのことだか分からないのも無理はありません。この洒落は、『シャ~取る、シアトルはアメリカの港』という洒落の短縮形で、飛車取りとアメリカのシアトルという都市とを掛けたものなのです。

「なァ~んだ、そういうことか。でも、それのどこが面白いンですか?」

 利夫君は、なおも突っ込んで聞いていきましたが、洒落というのはそこまで説明してしまっては面白くないわけで、それを利夫君の対戦相手にとがめられてしまったのです。

「トシ坊、いちいち洒落を説明したんじゃつまらねぇ~じゃねぇ~か。こういうもんは、サラッと受け流して、その言葉のリズムってもんから分からなきゃいけねぇ~んだヨ」
「ハァ~、そういうもんですか......」

 普段、気合のよい将棋を指す利夫君も、道場の古参にあってはさすがに形無しでした(おっと、我が将棋道場は、"クラブ"と名前を変更したのでした。まだ"道場"という言い方が抜けなくて......)。それはともかく、利夫君が話しているちょっとしたスキに、彼の局面は一大事になってしまったのです。

「あっ、いっけネ~! こっちもアメリカの港だ!!」

【図1は△2二角まで】

【前田八段のミニ解説】
局面は、有名な山田定跡。図以下、(1)▲7五歩△7七角成▲同桂△7五銀▲同銀△同飛▲6六角△7六飛▲1一角成△2二銀▲1二馬△7七飛成の変化は、▲9九角(参考図1)。

【参考図1は▲9九角まで】

(2)また、▲6四歩でも以下△7七角成▲同桂△7六飛▲6七金△7四飛▲6六角△3三銀▲8三角△7三飛▲6五角成。
(1)(2)、どちらの変化も振り飛車優勢。

【参考図2は▲6五角成まで】

※急戦の将棋は振り飛車側の対策が秀逸で、この後、居飛車側の戦型は「左美濃」→「居飛車穴熊」へと移っていきます。

将棋地口

谷木世虫

ライター谷木世虫

東東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。前回は、将棋道場で聞かれる数々の「地口」をシリーズで紹介したが、今回は「川柳」がテーマ。これも地口同様、ユーモアと機知に富み、文化として残したいものとの思いで、このコンテツの執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。

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