「観戦記は今後どうなっていくのか?」観戦記者で振り返る平成の将棋界

「観戦記は今後どうなっていくのか?」観戦記者で振り返る平成の将棋界

ライター: 蝶谷初男  更新: 2019年04月22日

私がプロ将棋の観戦記を書かせてもらうようになったのは、23年前の平成8年(1996年)7月からだった。当時はまだサラリーマンをしており、観戦のために平日、会社を休む段取りを付けるのにちょっと苦労したことが思い出される(幸い、自由な社風の会社だったため、なんとか自分の裁量で調整はできたが......)。

その3年後、フリーランスとなり、以来、多くの人の助けや幸運に恵まれ、今日まで観戦記者としての仕事をさせてもらっている。現在、観戦記を書いている人の中では、年齢的に上から数えた方が早いという状況になってしまったが、本企画の話をいただき、ちょうどよい機会と思うので、これまでに接点のあった観戦記者をちょっと振り返ってみたいと思う。

観戦記者の立場には、棋戦の主催社から依頼を受けて書く"フリーランス"と、主催社の"将棋担当者"という、主に二つがある。私は前者となるが、書き始めたころはプロ将棋界の右も左も分からず、各主催社の方々にいろいろと教えてもらった。中でも、棋王戦を主催している共同通信社のOB、田辺忠幸さん(故人)には、お酒を含め親しくお付き合いをさせていただいた。仲間内では、"チューコーさん"と親しみを込めて呼ばれ、棋界の"ご意見番"といった人でもあった。「なぜ、1手損角換わりと"1"を付けるのか? 単に"手損角換わり"が正しい!」という話は、今でも私の頭に残っている。

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両対局者の間から身を乗り出して感想戦を聞いているのが、田辺忠幸氏。撮影:常盤秀樹

棋王戦といえば、長年、その観戦記をフリーランスの立場で書いている高橋呉郎さん(元・編集者)は硬骨漢の士で、「ボクは、自分が書いた観戦記は一つも残してないんだ」とのこと。取っておいても意味がないし、次から次へと世の中は変わるから、という考えで、「最近の将棋は特に、"将棋ゲーム"だから、なおさらだ」と(いったニュアンスのことを)、だいぶ前におっしゃっていたのが印象的。

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達人戦での感想戦。加藤一二三九段の後ろに写っているのが高橋呉郎氏。撮影:八雲

毎日新聞社の井口昭夫さん(故人)は、約40年にわたって名人戦と王将戦の観戦記を書かれた非常に温厚な人で、私が知り合った当時は将棋ペンクラブの事務局長をしていた。私はそのあと、事務局長を引き継ぐのだが、井口さんからは"業界の諸々"をそれとなく教えていただいた気がしている。

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写真中央で記録係りの後ろで立っているのが井口昭夫氏。写真:日本将棋連盟所蔵

朝日新聞主催の棋戦で観戦記を執筆していた東(ひがし)公平さんは今もお元気。以前、原田泰夫九段(故人)宅の将棋ペンクラブの集まりで1局、教えていただき、そこから将棋会館で会ったときなどに話をさせていただく関係になった。東さんへの記憶は、「あなたはいつも、(ネクタイを絞め)キチンとした格好をしていますね」と言われたことだろうか。一般的にフリーのライターは、"だらしない格好"というイメージを持たれている気がしないでもないが、東さんにとって私は、そのイメージとはちょっと違ったのかもしれない。私としてはただ、"観戦記者は仕事で盤側にいるのだから"と思っているだけなのだが......。最近は、ほとんどの観戦記者が上着にネクタイ姿となっている。

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記録机白いブレザーが東公平氏。写真:日本将棋連盟所蔵

このほかにもまだ紹介したい人がいるが、紙面の関係もあり、それはまた次の機会にしたいと思う。現在の観戦記者は、多くが40歳前後というところだろうか? ずいぶん様変わりしたものと感じているが、ここに紹介した方々は、いずれも、いわば"名物記者"さんであり、それぞれの時代を見てきた人でもある。どの業界も必ず世代交代はあるのだが、こうした方々が引退されていくのは、やはり一抹の寂しさがある。いずれ忘れ去られてしまうと思うと、なおさらそう感じる。

平成の将棋は当初、昭和の義理と人情のニオイを引きずっていたが、すぐに"ゲーム"として純粋に手の追求になっていき、そしてコンピューター・ソフトの利用が華々しくなって、現在はAIの活用の時代になった。対局は人間vs人間、人間vs機械、機械vs機械とバリエーションが増え、それぞれに面白さがあるが、さて、観戦記は今後、どうなっていくのだろう? 媒体がなんであれ、「文字で読ませる」のが観戦記の変わらぬところとすれば、各メディアの役割をもっと明確化し、観戦記はその役割に沿って書き分ける、つまり、メディアごとの使い分け(棲み分け)がより重要ではないかと思う。ただ、なんであれ、人間味溢れる観戦記者、また、そうした観戦記であってほしいと思っている。諸先輩方々はどう思っているのか伺ってみたいものだ。

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蝶谷初男

ライター蝶谷初男

フリーランスの観戦記者。また、日本酒ジャーナリストとして活動し、著作も多い。1996年から観戦記を書き始め、棋王戦、棋聖戦、女流名人戦、女流王将戦ほかを執筆。現在は新人王戦を執筆中。

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