将棋地口・第17笑 『両取りヘップバーン』

将棋地口・第17笑 『両取りヘップバーン』

ライター: 谷木世虫  更新: 2018年12月27日

将棋地口

定休日の月曜、久しぶりに映画を観てきました。将棋クラブのトーナメント戦で提供する賞品を探そうと繁華街に行ったとき、そういえばしばらく映画を観ていないナと思い、シネコンに入ってみることにしたのです。いわば"衝動買い"なのでお目当ての映画はなく、なんとなく気が向いた映画を観たのですが、それは、柄にもなくラブストーリー物。たまにはそれもいいだろうと、勝手に自分を納得させて入館しました。

内容は、我の強い男女の恋の行方を追ったもので、その性格が災いして一度は別れるものの、あることがきっかけでお互いが同じ方向性を持っていることに気がつき、まわり道をしながら恋を成就させるというストーリー。半分はコメディー映画で、よって肩の力を抜いて観ることができ、少しはリラックスできたのです。

師走の忙しい中、束の間のオアシスでしたが、翌日は平日トーナメントがあり、いつもの忙しさに戻っていました。今年も残りの日が数えられる状況になり、皆、忙しいと思うのですが、その日も多くの常連さんが午後から来てくれ、ただただ感謝するばかり。ありがたいことでした。

とはいえ、さすがにこの時期、30名のトーナメント枠がいっぱいになることはありません。半分程度でしょうか。それでも皆、いつものようにワイワイガヤガヤと楽しい様子です。

将棋が始まるとその喧騒も一瞬、止むのですが、しばらくすると、アチコチから冗談やら洒落が聞かれるようになります。その一つ、アマ二段同士のウオさんとヤッさんの将棋は早くも中盤戦たけなわとなっており、"口撃"も熱を帯びています。

「ホリャ、これでどうだ」

「ナニぉ~、ちょこざいな」

こうした遣り取りが続き、図の局面を迎えたとき、ウオさんはこう言ったのです。

「ギョッ! 両取りヘップバーンかよ~」

すでに隠居の身ですが、ウオさんのお仕事は魚屋さん。そこから"ウオ"さんと呼ばれているのですが、「ギョッ!」と言ったため、ほかの皆も一斉に笑ったのでした。そのあとに続く地口、「両取りヘップバーン」は、ご存じの大女優、「オードリー・ヘップバーン」に掛けたもの(正確には「ヘプバーン」と言い、促音の「ッ」はないそうです)。彼女は残念ながら63歳で亡くなりましたが(1993年1月20日)、グレゴリー・ペックと共演した「ローマの休日」、また、ジョージ・ペパードとの「ティファニーで朝食を」など、今でも数々の名画が世界の人の心の中に残っています。もちろん、私もファンです。

「両取り、逃げるべからずとはいうものの、ここはそうもイカのタコかいな~」

ウオさんは独り言のように呟いていますが、それを聞いたヤッさんは、

「なにタコブツのようにブツブツ言ってンだよ、早くどっちかを"お逃げのカマボコ"!」

と、魚シリーズのジョークを織りまぜ対抗しました(ちなみに、この中には、早く=ハヤ、どっち=ドチザメも掛かっています。これはあとでヤッさんに聞いた話)。

ヤッさんは大の駄洒落好きなのですが、それにしても"お逃げのカマボコ"というのは、どういう意味でしょうね? もちろん、まったく意味はなく、単にその場で出た言葉で、カマボコではなく、カマスでもサンマでもなんでもいいのです。それを言うとヤッさんは、

「そう、なんでもいいンだけど、でも席主、実はカマボコには隠れた意味があるんだヨ」

とのこと。それは、

「カマボコだけに、ボコボコにしちゃうよ、ってネ~」◆

【図は△6八角まで】

*図は、後手が「金銀の両取り」に角を打った局面。飛車取りにもなっていますが、それはヒモ付きなので先手としては気にならず、金と銀の両取りが先手に痛い局面です。

実は、この角打ちがウオさんの読みになかったのです。

話を図の局面の前に戻しましょう。

【参考図1は▲6二角成まで】

参考図1が少し前の局面。ここで後手のヤッさんは、△7七銀成(参考図2)と攻めていきました。

【参考図2は△7七銀成まで】

これにウオさんの読みは、▲7七同金と取ると、△8八飛成(参考図3)で先手が拙いというもの。

【参考図3は△8八飛成まで】

その判断は正しく、そのためウオさんは一度、△7七銀成(参考図2)に対して▲7二馬とし、△8四飛とさせてから▲7七金(参考図4)と銀を取ったのです。こうしておけば、△8八飛成に▲5四馬と金を取ることができます(駒得になる)。

【参考図4は▲7七金まで】

ところが、ヤッさんは飛車を成らずに△6八角(初めの図の局面)。ここでウオさんに「両取りヘップバーン」の地口が出たのでした。 実戦は△6八角から、ウオさんは"両取り、逃げるべき"とばかりに▲5五銀と出てしまい、以下、△同金▲同飛△4六角成(参考図5)となって、目から火が出たのです。

【参考図5は△4六角成まで】

谷木世虫

ライター谷木世虫

東東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。前回は、将棋道場で聞かれる数々の「地口」をシリーズで紹介したが、今回は「川柳」がテーマ。これも地口同様、ユーモアと機知に富み、文化として残したいものとの思いで、このコンテツの執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。
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