中学生棋士・藤井聡太四段。デビューから負けなし29連勝の大記録はどのように達成されたか(前編)

中学生棋士・藤井聡太四段。デビューから負けなし29連勝の大記録はどのように達成されたか(前編)

ライター: 渡辺弥生  更新: 2017年07月21日

国民的スターの誕生

棋界に国民的スターが誕生した。昨年の12月にデビューしてから一度も負けることなく29連勝の驚異的新記録を樹立した15歳の中学生棋士、藤井聡太四段。

とにかく強い。そして勝つ。正確無比な読みと終盤力、スキのない老練な指し回し、盤上とは対照的な謙虚な物言いは、将棋ファンのみならず広く世間一般の支持を集めた。

4月4日の小林裕士七段戦に勝ってデビューから11連勝の新記録を達成した藤井は、その後もあれよあれよという間にその連勝記録を伸ばし続け、6月2日には澤田真吾六段に勝って20連勝。6月7日には第2回上州YAMADAチャレンジ杯で3連勝し、塚田泰明六段、羽生善治棋王、山崎隆之五段の22連勝の記録を抜いて、歴代単独3位となる23連勝目を挙げた。

さらに6月10日に第3期叡王戦段位別予選四段戦で2連勝、丸山忠久五段の24連勝の記録も抜き、25連勝、歴代単独2位となる。わずか半月の間に次々と歴代の連勝記録を抜き去るその勝ちっぷりに、他の棋士は開いた口が塞がらない。

「今後破られることはないだろう」と言われていた神谷広志五段の大記録、28連勝に並んだのが6月21日に行われた第67期王将戦一次予選の澤田真吾六段戦。そして6月26日、第30期竜王戦決勝トーナメントの増田康宏四段戦において歴史的快挙となる29連勝を達成したのである。

「自分こそが藤井の連勝を止める」そう意気込んで対局に臨んだあまたの棋士の、長年の努力と経験によって培った読みと感覚を打ち破った藤井の将棋は、序中盤に相手の攻めを受け止める中で自然と優位を築き、最後はきっちり一手余して勝つ横綱相撲で、「まるで大山十五世名人が乗り移ったよう」とさえ言われる。(段位はすべて当時のもの)

卓越した読みと終盤力

藤井にとって初めての大一番となったのが5月25日の竜王戦6組ランキング戦決勝、近藤誠也五段戦だ。勝った方が決勝トーナメント進出となるこの一局、後手番となった藤井は近藤の相掛かりの将棋を受けて立つ。

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第30期竜王戦 6組ランキング戦決勝戦で駒を並べる両対局者。藤井聡太四段は、近藤誠也五段に勝って決勝トーナメントへの出場を決めた。撮影:常盤秀樹

図の△2四歩がこれまで誰も思い付かなかった藤井独特の一手。

【第1図は △2四歩まで】

近藤は昼食休憩を挟んで考えること20分、▲2五歩とこの手をとがめるべく真っ向から動いていったが、以下△同歩▲同銀△7五歩▲同歩△3五歩▲4六歩△2四歩▲1六銀と進み、一歩を犠牲に先手の銀をへき地へ追いやった藤井がペースをつかんだ。終盤も流れるように寄せを決めた藤井は決勝トーナメント入りを決めるとともに19連勝目を飾る。

次の第43期棋王戦予選の澤田真吾六段戦は、負けと思われた藤井の、終盤に指した勝負手が「藤井マジック」と評判になった一局だ。

澤田は第58期王位戦挑戦者決定リーグ紅組を全勝優勝し、公式戦も8連勝中の強敵。図はその澤田戦の終盤戦。先手の藤井玉は部分的に必至がかかっている。絶体絶命と思われた藤井の▲7六桂が逆転を呼んだ妙手。取るべきか逃げるべきか...秒読みの続く中、澤田が対応を誤る。

【第2図は ▲7六桂まで】

実戦は、▲7六桂以下、△同金▲6七歩△4六角▲5七銀△5五桂▲5六銀打△8五飛▲4六銀であっという間に先手が勝勢となった。△7六同金に替えて△7五玉と逃げていれば後手勝ちだったと言う。 第67回NHK杯戦で若手実力者の千田翔太六段に勝利したのに続き、澤田をも破って20連勝を達成したことにより藤井は一気にその名を上げることになる。この時点で藤井の連勝記録は有吉道夫九段と並んで歴代6位タイ。

半年前の加藤一二三九段とのデビュー戦のとき、誰も藤井がここまで強いとは思わなかった。自然な手を積み重ね、無理なく敵玉を寄せる藤井の将棋は、印象が薄かった。加藤九段のみが「強い」と藤井を高く評価したことが、思い起こされる。将来有望な若手などではない。すでに恐ろしい力を持った天才に巻き起こった「藤井フィーバー」の中心で、浮き足立つことなく盤上に向かう藤井の姿があった。

(後編へ続く)

渡辺弥生

ライター渡辺弥生

大学で将棋を覚えて以来、すっかりその魅力の虜になった。王様より飛車が大事な、振り飛車でしか勝てない居飛車党。

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