勝率トップ棋士か、兄弟子の意地か、第54期新人王戦決勝三番勝負

勝率トップ棋士か、兄弟子の意地か、第54期新人王戦決勝三番勝負

ライター: 相崎修司  更新: 2023年09月28日

 第54期新人王戦の決勝三番勝負は藤本渚四段VS上野裕寿四段のカードに決まった。現役最年少棋士と新四段で争われる、まさに新人王という言葉にふさわしい対決といえるだろう。両者はともに井上慶太九段門下なので、兄弟弟子の対戦でもある。兄弟弟子で新人王戦決勝三番勝負が争われるのは1981年の第12期、田中寅彦五段VS伊藤果五段(段位はいずれも当時)以来となる。

 藤本は齊藤裕也四段、齋藤優希三段、斎藤明日斗五段、高田明浩四段を、上野は中澤沙耶女流二段、伊藤匠七段、増田康宏七段、吉池隆真三段を破っての決勝進出だ。上野が10月1日付で四段になったばかりということもあり、両者が公式戦でぶつかるのは第1局が初めてとなるが、2021年11月に行われた第70回奨励会三段リーグ6回戦で対戦し、藤本が勝っている。

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写真:翔

 今期の藤本はここまで21勝3敗という圧巻の成績で、勝率0.875は全棋士中堂々のトップである。新人王戦だけでなく、加古川青流戦というもう一つの若手棋戦でも決勝進出を決めている。同一年度に新人王戦と加古川青流戦の双方で決勝進出は永瀬拓矢王座が2012年に達成して以来となる。居飛車党で、相掛かりと雁木を得意としている。

【第1図は▲4六銀まで】

 第1図は準決勝の対高田戦。先手の次の狙いは▲5五銀右のぶつけだ。だがここで藤本の指した△5七歩が好手。対して▲同銀は△1九角成があるし、▲同金は△7六歩の取り込みが厳しくなるのでこの垂れ歩は取れない。そして△5七歩に構わず▲5五銀右は△同銀▲同銀に△5八銀が痛く、▲7九玉とかわしても△6七銀成▲同金△8七飛成で潰れる。実戦は△5七歩に▲5三歩△6三金を利かせてから▲7九玉と寄ったが、△8六歩▲同歩△7六歩と厳しく玉頭に迫った藤本が快勝し、決勝進出を決めた。

 対する上野は9月9日の三段リーグ最終日にプロ入りを決めたばかりの新鋭。昇段直後のインタビューでは「弟弟子の藤本さんに抜かれたことは悔しかったが、それをバネにやっていくしかない」と語っていた。矢倉を得意とする居飛車党で、得意戦法を磨くために郷田真隆九段の棋譜をよく並べたという。今期新人王戦については「伊藤さん(匠七段)に勝ったのはすごく自信になった」と語る。

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写真:飛龍

【第2図は△7六角まで】

 第2図はその伊藤戦。ここで▲4三歩なら難解ながら先手ペースだったようだが、実戦の▲7七銀に対して上野は△6七銀▲7六銀△6八金と切り込んでいく。以下▲8八玉△7八金▲9八玉△6六角まで、上野の勝ち。最終手△6六角が気づきにくい好手で、先手玉は詰めろのため▲7七歩と受けるくらいだが、次の△7六銀成がまた詰めろとなる。角を打たずに単に△7六銀成は詰めろにならず、▲4三角が詰めろ成銀取りで逆転する。

 さて、決勝三番勝負である。藤本については改めて触れるまでもない。全棋士中トップの勝率がその活躍を裏付けている。また冒頭で触れた通り、藤本は現役最年少棋士だが、藤本以前の現役最年少棋士は直近の4人(伊藤匠七段、藤井聡太竜王・名人、増田康宏七段、阿部光瑠七段)がいずれも新人王戦の優勝経験がある。

 対する上野は四段昇段の後塵を拝した弟弟子に追いつく大きなチャンスだ。上記で触れたように、藤本の存在はかなり意識しているようである。プロデビュー戦が決勝三番勝負の第一局で、その相手が藤本に決まったことについて改めて聞く機会があったのだが、
「デビュー戦が大きな舞台なのはチャンスだと捉えています。注目されるので勝ちたい気持ちが強いです。藤本さんとは一門研究会で練習将棋をよく指すのでお互いの棋風は理解しています。相手は今勢いがありますが、兄弟子の意地を見せられるように集中して頑張ります!」
 という返事をもらった。三番勝負の第1局は10月2日(月)に、関西将棋会館で行われる。

相崎修司

ライター相崎修司

2000年から将棋専門誌・近代将棋の編集業務に従事、07年に独立しフリーライターとなる。2024年現在は竜王戦、王位戦・女流王位戦、棋王戦、女流名人戦で観戦記を執筆。将棋世界などにも寄稿。

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