将棋コラム

佐藤康九段は「天衣無縫」、木村八段は「百折不撓」。有名棋士が揮毫にこめる、特別な意味とは?

佐藤康九段は「天衣無縫」、木村八段は「百折不撓」。有名棋士が揮毫にこめる、特別な意味とは?

更新: 2017年02月01日

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有名棋士が座右の銘として大切にし、色紙や扇子によく揮毫している言葉を紹介する『棋士と揮毫』の第二回をお届けします。「この揮毫といえばこの棋士」というくらいにキャッチコピーのように馴染んだ揮毫と、その棋士を紹介していきます。

誰も真似できない独創性。佐藤康光の『天衣無縫』

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まずご紹介するのは佐藤康光九段の揮毫『天衣無縫』(てんいむほう)です。

『天衣無縫』の意味は

1 天人の衣服には縫い目のあとがないこと。転じて、詩や文章などに、技巧のあとが見えず自然であって、しかも完全無欠で美しいこと。また、そのさま。「天衣無縫な(の)傑作」

2 天真爛漫(てんしんらんまん)なこと。また、そのさま。「天衣無縫に振る舞う」 

-デジタル大辞泉

とあります。佐藤康九段は永世棋聖の資格保持者であり、タイトル通算獲得数は歴代7位の13期という大棋士であり、その棋風は『緻密流』『1億と3手読む』と称されています。ほかの誰にも真似のできない独創的すぎる指し回しです。 2016年12月4日に放送された第66回NHK杯3回戦第1局、斎藤慎太郎六段との対局などは、ものすごい将棋でした。

後手番が佐藤康九段です。78手目の局面ですが、本来振り飛車にとって攻め駒であるはずの、飛車、角、銀、桂、香が1筋から4筋まででまったく仕事をしていません。代わりに、本来王様を守っていた銀冠の囲いの金銀が先手玉めがけて攻めかかってい ます。ちょっと一般人には理解ができません。

さらに進んで94手目。

攻め駒のはずの飛車、角、銀、桂、香のところに王様が逃げ込んできました。守りの駒が全部攻め込んで、攻め駒が王様を守っています。セオリー無視、常識が通じない、でも、最後に勝つ。それが『天衣無縫』佐藤康光の将棋なのです。流れるような筆遣いで書かれたこの『天衣無縫』の揮毫入り扇子を使えば、佐藤康九段のように盤上に誰も真似のできない棋譜を描けるかもしれませんね。

何度失敗しても志を曲げない。木村一基の『百折不撓』

『千駄ヶ谷の受け師』のキャッチコピーがすっかり定着した木村一基八段。その棋風は相手の攻め駒を責める強靭な受けに特徴があります。一般的に将棋というのは攻めて攻めて相手を攻め倒して勝てればそれが一番気持ちいいものです。ですが、木村八段の将棋は違います。相手の攻めを受けて受けて、受けつぶすのが持ち味なのです。

2014年7月20日に放送された第64回NHK杯1回戦第16局、木村八段の相手は佐藤天彦七段(当時)。

佐藤天七段得意の横歩取りを受けて立った木村八段、73手目に持ち駒の飛車を受けのために7五に打ちます。相手の攻めを切らしてしまおうという強気の受けです。

さらに進んで89手目。

▲8七飛! なんと手にした2枚目の飛車もまた受けのために使いました。『木村の自陣飛車』です。受け将棋というのはひとつ間違うと相手の攻めを切らすことができずにそのまま一方的に攻められて負ける、というリスクを負っています。それでもなお、受け続ける。そんな木村八段を象徴する揮毫がこちらです。

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『百折不撓』(ひゃくせつふとう)

何回失敗しても志をまげないこと。「―の精神」 

-デジタル大辞泉

幾度倒れても決してめげずにまた受ける。そんな木村八段の将棋と生きざまはファンの心をつかんで離しません。『百折不撓』の扇子を手に、幾度負けてもあきらめずにまた指し続けていく。そんな将棋ファンになりたいものですね。

伝説の棋士。升田幸三の『新手一生』

最後にご紹介するのは昭和を駆け抜けた伝説の大棋士、升田幸三実力制第四代名人の揮毫『新手一生』です。この『新手一生』は辞書に載っている四字熟語ではなく、生涯をかけて新手を生みだしていく、という意味を込めて升田実力制第四代名人が自ら掲げ、座右の銘とした言葉です。

升田実力制第4代名人は「プロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある」との言葉も残し、常に「魅せる将棋」を目指して次々と新手を生みだしていきました。現在毎年行われている将棋大賞では、その年最も優れた新手や新戦法を編み出した棋士を表彰する『升田幸三賞』が設けられていますが、それはこの升田実力制第四代名人の『新手一生』の精神にちなんだ賞なのです。

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『新手一生』の精神はなにも将棋だけではありません。技術の革新が進み、物凄いスピードで進歩していく現代文明の渦中にあっては、われわれは日々変化を求められています。こちらの扇子を手に、昨日までの常識を疑い、常に新手を生みだしていくという『新手一生』を座右の銘として前に進んでいきたいものですね。

天衣無縫の佐藤康光、百折不撓の木村一基、新手一生の升田幸三。いずれも盤上に描く指し手そのものが揮毫に込められた意味と強く結びついている棋士です。誰にも真似のできない将棋、その棋士にしか指せない将棋、そこにわれわれファンは感動を覚えます。形のないもの、漠然とした印象、それは言葉を与えられることによって輪郭を持ちます。

棋士の棋風や生きざまもその揮毫を通して見ると、はっきりとした形として印象付けられるものです。棋士の揮毫にはそんな特別な意味があります。あなたの好きな棋士の揮毫はなんですか?

【棋士と揮毫シリーズ】

Vol.1 羽生三冠は「玲瓏」、谷川九段は「光速」。有名棋士の揮毫、その意外な意味とは!?

直江雨続

ライター直江雨続

フォトグラファー/ライター。
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。

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