ライター直江雨続
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。
ライター: 直江雨続 更新: 2016年09月20日
『揮毫』(きごう)という言葉をみなさんはご存知ですか?
『揮毫』
[名](スル)《「揮」はふるう、「毫」は筆の意》毛筆で文字や絵をかくこと。特に、著名人が頼まれて書をかくこと。「色紙(しきし)に揮毫する」 ―デジタル大辞泉
つまり、将棋イベントのサイン会などで棋士にお願いして色紙に何か書いてもらうことを『揮毫してもらう』と言うんですね。
棋士にとって、色紙や扇子にどんな言葉を選んで揮毫するかはその人の生き様や信念が色濃く反映されたものとなります。今回は、棋士と揮毫、その深くて広い世界をご案内します。
言わずと知れた将棋界のスーパースター、羽生善治三冠。羽生三冠が好んで揮毫する言葉として有名なのが『玲瓏』(れいろう)です。
『玲瓏』
1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。
2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。 -デジタル大辞泉
盤上に魔法のように美しい棋譜を残す羽生三冠を象徴するような言葉ですね。
この『玲瓏』という言葉が揮毫された紺染小振り扇子は、羽生ファンの多くが愛用しているロングセラーです。
心に『玲瓏』という言葉を思い浮かべて対局に臨めば、『羽生マジック』のような妙手がさせるような気がしてきます。ここで私の印象に残っている羽生三冠の一手をご紹介します。
2013年9月9日 第72期順位戦A級03回戦。三浦弘行九段との対局。
68手目、ここから羽生マジックとも言えるものすごい手が出ます。
△8六飛車!
なんと王様の次に大切な飛車をバッサリ切って、歩と交換したのです!そしてさらに驚きなのが、これが絶妙手でこの対局は羽生三冠の快勝に終わったという事実です。これが『玲瓏』効果でしょうか。
私も『玲瓏』扇子を手に持った時は、澄み切った心で将棋を指したいと思います。
現在日本将棋連盟の会長を務めている谷川浩司九段。史上最年少名人(21歳)の記録を持ち、永世名人(十七世名人)の資格保持者でもある大棋士で、その人気は羽生三冠に勝るとも劣りません。
その谷川九段の代名詞的な揮毫が『光速』です。ほかの棋士が思いもつかないような手順とスピードでたちまち相手玉を寄せる谷川九段の将棋につけられた『光速流』『光速の寄せ』というキャッチフレーズから来ています。
『光速』といえば谷川浩司であり、谷川浩司といえば『光速』というくらいに将棋ファンにはおなじみの揮毫なのです。
この『光速』の揮毫入りの商品として、現在販売されている商品の一つがこちらのカラータオルです。
そうなんです。揮毫入りの商品って色々あるんです。以前は『光速』の揮毫入り扇子も発売されていたのですが、また作って欲しいですね。
そして谷川九段の光速の寄せの代表格といえる超有名な将棋をご紹介します。第9期竜王戦7番勝負第2局、羽生善治竜王(当時)との対局で出た歴史的な妙手がこちら。
△7七桂!
今も語り継がれる光速流の一手です。この将棋に快勝した谷川九段はこのシリーズを4勝1敗とし、竜王位を奪還しました。
将棋界を代表する振り飛車党であり、自身が考案した革命的な戦法『藤井システム』を引っ提げて竜王位を三連覇した人気棋士が藤井猛九段です。そんな藤井九段の揮毫と言えば『涓滴』(けんてき)です。
『涓滴』
1 水のしずく。したたり。
2 わずかなこと。少しばかり。 -デジタル大辞泉
そしてこの涓滴を使った熟語として有名なものが、『涓滴岩を穿つ』(けんてきいわをうがつ)という言葉です。
『涓滴岩を穿つ』
わずかな水のしずくも、絶えず落ちていれば岩に穴をあける。努力を続ければ、困難なことでもなしとげられることのたとえ -デジタル大辞泉
新戦法『藤井システム』をひとりコツコツと努力して考案し、体系化し将棋の序盤に革命を起こした藤井九段にまさにぴったりの言葉なのではないでしょうか。この『涓滴』の揮毫入り扇子が現在販売されています。
藤井ファンならこの扇子を使って、華麗に藤井システムを指しこなしてみたいものですね。
そして藤井九段の代表的な将棋といえばやはり2000年の第13期竜王戦7番勝負最終局。藤井猛竜王(当時)に羽生善治五冠が挑戦していたシリーズ。
93手目の▲8六歩!
そこにあった歩を1枚取った手が、藤井猛竜王の三連覇を決定づける一手でした。
人呼んで『一歩竜王』。歩一枚の価値が竜王という棋界最高峰のタイトルに匹敵したのです。
今回は、棋士が揮毫する言葉と、揮毫入り商品を3つご紹介しました。
もちろん、これ以外にも揮毫入り商品は膨大に存在していますし、また、一人の棋士が揮毫する言葉も多数存在しています。
尋常ならざる努力によって一つの道を究めようとするプロ棋士は、我々一般人にとっては眩しく仰ぎ見る憧れの存在です。そんなプロ棋士の揮毫入り商品を手にすることで、私たちは少しだけでも棋士を身近に感じ、棋士に近づけたような気持ちになるのです。
人生にはいろいろな困難が待ち受けています。一局の将棋を指す時、多くは困難の連続です。将棋は人生に似て、人生は将棋に似たり。そんなとき、将棋ファンは棋士が揮毫した言葉をじっと見つめて心を落ち着けます。
願わくば、いつも心に『玲瓏』を。あなたも自分にぴったりの揮毫入り商品を探してみてはいかが?
ライター直江雨続