森下卓九段にインタビュー。師匠花村元司九段の知られざる魅力について聞いてみた(2)

森下卓九段にインタビュー。師匠花村元司九段の知られざる魅力について聞いてみた(2)

ライター: 相崎修司  更新: 2016年11月28日

森下卓九段インタビュー

森下卓九段の師匠・花村元司九段は、「東海の鬼」と呼ばれ、真剣師としてその名を鳴らしていました。編入試験を経て、付け出し五段でプロ棋界へ入った異色の経歴をもっています。そう聞くと、少し怖そうで、とっつきにくいイメージがありますが、実際はどうだったのでしょうか。今回は、棋士・花村元司について森下九段に語っていただきます。

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 ――今回は森下九段の見た、花村元司九段について語っていただきたいと思います。

「最初の出会いは先ほど(前回)触れましたが、奨励会合格後にあらためて、父とあいさつに行くと『だらしない生活をする者は将棋もだらしなくなる。だからきちんとした生活をしなさい』と言われたのを覚えています。昔、真剣師だったイメージにはそぐわないかもしれませんが、清潔な方でした」

 ――花村九段は戦争体験のある方ですが、身なりに気を使うというのは、その影響もあったのでしょうか。

「それはわかりません。真剣師時代もきれい好きだったとは聞いています。戦争についてですが、戦地でマラリアを罹患され、それが原因で髪の毛がなくなったということです。側頭部には残っていたのですが、みっともないので全部剃ったと聞いています。頭も格好も常にピカピカしていました」

 ――そうだったのですか。

「師匠の頭エピソードをもう一つ。中原先生(誠十六世名人)と森先生(けい二九段)の名人戦で、森先生が対局前日にスキンヘッドにされたのは有名ですが、立ち会いだった師匠が、その場にいらした大山先生ともども『大和尚に無断で坊主にしてはいかんなぁ』と言ったとか。味のある先生だったとあらためて思います」

 ――味がある、ということに関してですが、花村九段の師匠である、木村義雄十四世名人も独特の味というか、江戸っ子ならではの粋があった方だと聞いています。

「師匠は木村先生をとても尊敬していました。『木村名人がいたからこそ今の将棋界がある』とよく言っておられましたね」

 ――森下九段は、木村十四世名人とお会いになったことはあるのですか。

「私の四段昇段と師匠の現役40周年の合同祝賀会が行われ、そこに木村先生が奥様といらっしゃいました。それが初めての出会いですね。大師匠は品があり、すごい貫禄もありました。師匠から木村先生の話を何度も聞いていましたので、私は仰ぎ見るような感じでした。その時に言葉をかけてもらったのですが、森下少年には難し過ぎて、よく覚えていません(笑)」

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花村九段(左)と木村十四世名人(右)

 ――十四世名人の貫禄ですね。

「その数か月後に木村先生の盤寿の会があり、お祝い金を渡す役が私でした。箱根湯本の「天成園」で行われたので、その翌日に大涌谷に行きました。そこでロープウェーに乗ったのですが、私も師匠も高い所が苦手で(苦笑)。大師匠はどうだったかなぁ。木村先生と直接お会いしたのはこの2回です」

元真剣師のイメージと異なり、実際の花村九段は、冗談を言ったり、高いところが苦手だったり、親しみやすさが伺えます。そこが花村九段の人気の秘密であるかもしれません。次回は、花村九段の日常についてお届けします。

相崎修司

ライター相崎修司

2000年から将棋専門誌・近代将棋の編集業務に従事、07年に独立しフリーライターとなる。2016年現在は竜王戦、王位戦・女流王位戦、叡王戦、女流名人戦で観戦記を執筆。将棋世界などにも寄稿。

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