1000局もの指導対局で培った直感力。森下卓九段に聞いた、師匠花村元司九段との思い出(1)

1000局もの指導対局で培った直感力。森下卓九段に聞いた、師匠花村元司九段との思い出(1)

ライター: 相崎修司  更新: 2016年11月12日

森下卓九段インタビュー

原則、将棋のプロ棋士を目指すには、奨励会というプロ棋士を養成する機関に所属することになります。そして、奨励会入会時には師匠となる棋士の推薦が必要となります。つまり、師弟の関係はその時点から始まり、プロとなっても続きます。それでは一体、将棋界の師弟関係とはどういうものでしょうか?

こちらのコラムでは、師弟の固い絆や思い出について語っていただこうと思います。トップバッターは、師匠の花村元司九段に数多く指導対局を受けたことで有名な森下卓九段にご登場いただきました。(インタビュー:相崎修司)

花村師匠との出会い

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森下 「私が師匠の謦咳に接したのは晩年の6年半ほどですが、数えきれないほどの恩を受けましたね。花村門下に入ったきっかけは、アマチュア時代に教えていただいた先生の尽力によるものです。1978年のことですが、奨励会受験を勧められました」

――森下九段は当時、小学6年生ですね。

森下 「この試験は、私も周囲も全く受かると思っていなかったんですよ。小学校時代の思い出受験ですね。ですが、奨励会試験には師匠の推薦が必要です。誰にするかと考えて、花村師匠を素晴らしいと言っておられたアマ時代の先生が、頼んでみようと言って、花村先生に手紙を出してくださいました」

――アマ時代の森下九段と、花村九段とは面識がなかったのですか?

森下 「はい、全く。よく頼んでくださいました。その熱意が通じてか、花村師匠が『試験将棋をやろう』と応じてくださり、平手で指していだだきました」

――試験結果は?

森下 「師匠の四間飛車に私は急戦を挑みました。当然、負かされましたが、入門を認められて奨励会試験を受けることになりました。この時の師匠との将棋は大山先生(康晴十五世名人)がよく指される△3二金型の四間飛車でした。良い戦法だなと思ったので、奨励会試験で私が使ったら、勝つことができました。そこで勢いに乗ってなんとか合格までこぎつけました」

――この年の奨励会入会者で棋士になったのは、他に塚田泰明九段、富岡英作八段、達正光七段(故人)、小林宏七段、所司和晴七段がいます。

森下 「この時の奨励会には13人受かって、そのうち6人が棋士に。空前の当たり年と言われています(笑)」

直感を身に着けるため、数を指せ

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――花村九段は森下九段に直接何百局もの対局を指導した話は有名です。奨励会時代に師匠から受けた稽古について教えてください。

森下 「運がよかったですね。私の兄弟子は誰もこのような経験をしていませんし、弟弟子の深浦(康市九段)と窪田(義行七段)は、期間が短かったので、やはり直接の指導を受ける機会は少なかったと思います。私が将棋を覚えたのは小学4年生のお正月でしたが、奨励会入りしたのはそれからわずか1年8ヶ月後。実戦不足なので『とにかく指せ』というのが師匠の教えでした

――それで花村九段との対局を?

森下 「師匠とだけでなく、当時、師匠が師範をされていた上野将棋道場へ通ってアマ強豪の方ともよく指していました。師匠は『将棋は直感が大事』と言われ、それを身につけるためには、『とにかく数を指せ!』と。中学時代は、学校から帰宅すると、すぐに上野の道場へ向かい、ひたすら実戦を指していました。1日に5~8局くらいでしたかねぇ。夕食は道場で食べていましたね。師匠がお手すきの時間には直接教わりました。教わった数は全部で千局ほどでしょうか

――そのような将棋漬けの生活が森下将棋の骨格を作ったのですね。

森下 「ええ。ですが、アマ時代の先生の影響も大きいと思います。こちらは九枚落ちから教わりました。その先生は30歳を過ぎてから将棋を覚え、我流で強くなった方ですが、私を教えるには我流ではまずいと思われたそうで、『将棋大観』を学ばれ、私に基本をみっちりと仕込んでいただきました。先生の棋力はアマ五段くらいでしたね。奨励会入会時には香落ちでどうか、角落ちなら勝つという手合いでした。アマ時代の先生に骨格を作ってもらい、花村師匠に大きく育てていただきました。繰り返しますが、私は本当に運がよかったです」

――基礎を身につけてからプロの将棋に接したのが大きかった、と。

森下 「ええ。基礎ができていないのに闇雲に対局数をこなしても強くなれないと思います。もっとも、例外はありますが、まさしく、その例外中の例外が花村師匠でしょう」

今回は、森下九段が花村九段に弟子入りし、師匠としての花村九段について語っていただきました。次回は、棋士としての花村九段について語っていただきたいと思います。

相崎修司

ライター相崎修司

2000年から将棋専門誌・近代将棋の編集業務に従事、07年に独立しフリーライターとなる。2016年現在は竜王戦、王位戦・女流王位戦、叡王戦、女流名人戦で観戦記を執筆。将棋世界などにも寄稿。

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