初の大舞台に臨む気鋭の振り飛車党 ヒューリック杯第96期棋聖戦五番勝負展望

初の大舞台に臨む気鋭の振り飛車党 ヒューリック杯第96期棋聖戦五番勝負展望

ライター: 相崎修司  更新: 2025年06月02日

 ヒューリック杯第96期棋聖戦五番勝負が6月3日(火)に、栃木県日光市の「日光金谷ホテル」で開幕する。棋聖位を含め八大タイトル中の七冠を占める藤井聡太棋聖に対する挑戦権を獲得したのは杉本和陽六段。タイトル挑戦は今期の棋聖戦が初となる。タイトル初挑戦の棋士は今年の2~3月に行われた第50期棋王戦で挑戦した増田康宏八段以来で、またタイトル戦番勝負に出場した経験のある棋士は今期の杉本が史上81人目となる。過去の対戦成績は藤井の2勝0敗。
 今期の決勝トーナメントの表が組まれた時、杉本の挑戦を予想したものはどれほどいたのだろうか。正直なところ、これまでの実績を数えると決勝トーナメント進出者16人の中で上位に位置するとは言い難い。
 しかし1回戦で前期挑戦者の山崎隆之九段を破って勢いに乗ると、そのまま一気に挑戦者決定戦進出まで勝ち進んだ。杉本にとっては勝てばタイトル挑戦の1局を指すのも今回が初めてである。
 挑戦者決定戦の相手は永瀬拓矢九段。この1年だけでも王座戦、王将戦、名人戦の3棋戦でタイトル戦に挑戦しており、のちには王位戦でも挑戦権を獲得した、藤井棋聖を除くと最強格の相手であることは間違いない。ちなみに棋聖挑決の1月ほど前に杉本は永瀬九段と戦い、敗れた。筆者はその将棋を観戦したのだが「ハッキリとした実力差を感じました。1ヵ月では埋まるものではないです」と杉本は振り返っている。

【第1図は△6六角まで】

 実際、棋聖挑決も序中盤は永瀬ペースで進んだ将棋だった。しかし第1図からの▲5七歩が杉本渾身の勝負手である。△同角成は後手の飛車の利きがふさがるので▲5四角の王手が入る。実戦は△同飛成だが、これで先手玉の負担が多少軽減された。以下▲3四歩△5二竜▲3三桂△1一玉▲5三歩△4三竜▲5二角と進み、先手が食いつくことに成功。実戦はここからも二転三転したが、最後は杉本が後手玉を即詰みに打ち取った。永瀬九段を相手にねじり合いの将棋を勝ったことで、杉本の評価は高まったと思う。

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写真:牛蒡

 対する藤井棋聖。その強さは今更言うまでもない。前期の棋聖戦で5連覇を達成し、永世棋聖の資格を獲得。21歳での永世称号は史上最年少記録である。棋聖戦以降も出たタイトル戦を全て防衛し、七冠を維持。しかもその間、カド番になったことすらない。一発勝負ならまだしも、番勝負で負ける姿がちょっと想像できないという状況である。

【第2図は▲5三とまで】

 第2図は永世棋聖誕生の一局となった前期五番勝負第3局。後手玉はと金に迫られているが、ここでの△7三金が決め手である。▲同竜は△5五角が王手竜取りだ。実戦は▲4三と△同金▲4四銀△同金として▲7三竜が王手になるように工夫したが、△2四玉と上がれば後手玉は捕まらない。以下△5五角を防ぐ▲5六金には△5四金が金取りを避けつつ先手玉の押さえになる抜群の味となった。

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写真:武蔵

 今期の棋聖戦五番勝負は、若き絶対王者に対し初の大舞台へ臨む杉本がどのように挑むかということになる。杉本の得意は振り飛車だが、藤井が対振り飛車にめっぽう強いのも将棋ファンには知られたところだ。挑戦者にとっては厳しいタイトル戦になる(というより、藤井相手のタイトル戦は誰もがそうなっているのが現状である)だろうが、杉本の師匠である米長邦雄永世棋聖が初めて獲得したタイトルも棋聖戦だった。天から見守っているであろう師匠のためにも簡単に負けるわけにはいかない。泥沼流と呼ばれた師匠のように粘り強い指し回しで、絶対王者を自らの土俵に引きずり込むことができれば、挑戦者決定戦の再現となるか。

相崎修司

ライター相崎修司

2000年から将棋専門誌・近代将棋の編集業務に従事、07年に独立しフリーライターとなる。2024年現在は竜王戦、王位戦・女流王位戦、棋王戦、女流名人戦で観戦記を執筆。将棋世界などにも寄稿。

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