師匠でもある父とともに。高2から女流棋士を目指してきた道のり ― 飯野愛女流初段インタビュー

師匠でもある父とともに。高2から女流棋士を目指してきた道のり ― 飯野愛女流初段インタビュー

ライター: マツオカミキ  更新: 2020年02月06日

ローソンのデザートを食べながら、和やかな雰囲気で女流棋士にお話を聞くこのシリーズ。ローソンの定番デザートとなったバスク風チーズケーキ「BASCHEE(バスチー)」を、飯野愛女流初段に食べていただきながらのインタビューです。高校2年生でプロを目指し始めたときの気持ちや、昨年11月にご結婚された際の師匠であり父でもある飯野健二八段とのエピソードなどをお話いただきました!

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「終盤まで何が起きるかわからないから‥‥」師匠からもらった結婚に対するアドバイス

――バスチーは、ニコニコ生放送で叡王戦の聞き手をされたときに召し上がったとか。

そうなんです。そこで初めて食べたのですが、とてもおいしくて! 今まで食べていなかったことを後悔しました‥‥(笑)。濃厚さと、カラメルの味がとても好きです。

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――普段もデザートはよく食べますか?

そうですね。オフの時間は街歩きをすることが多いのですが、その途中で気になったカフェに入って、毎日ケーキなど何かしら甘いものを食べています。

――歩くのがお好きなんですね。健康のためとか‥‥?

もともとお散歩するのが好きだったんですけど、『ドラゴンクエストウォーク』を始めてからは以前にも増して歩きまくりで。

――なるほど、じゃあモンスターを倒しつつ歩きまわってるんですね!

そうです、モンスター討伐を目的に街をウロウロしています(笑)。

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――デザートをご自分で作ったりは?

しないですね‥‥。でも、最近は料理や家事を頑張りたいなと思っていて。昨年結婚したのですが、それまでずっと実家暮らしで、あまり家のことをしてこなかったので。

――昨年の11月にご入籍されたんですよね。結婚式はもう挙げましたか?

はい。実は、入籍したのは11月でしたが、結婚式は昨年の年明け早々1月に挙げたんです。家族だけでハワイで挙式して、新婚旅行もかねて1週間ほど滞在しました。

――結婚式から入籍まで、10カ月ぐらい時間があいたんですね!

そうなんです。どうしても11月22日に入籍したくて。

――「いい夫婦の日」だからですか?

それもありますが、一番の理由は姉の結婚記念日がその日だからなんです。うちは三姉妹なのですが、姉2人とも11月22日に入籍したので、私も同じ日にしたくて‥‥(笑)。

――入籍日を三姉妹でそろえるってすごい‥‥!

挙式が早かったにも関わらず、その日まで待ちました(笑)。ちなみに入籍届を出すまでは、式を挙げたことも入籍日が決まっていることも、家族以外誰にも言いませんでした。実は、師匠(父・飯野健二八段)からのアドバイスを受けて、入籍するまで公言しないことにしたんです。

――飯野健二八段からは、何と言われたんですか?

「終盤、頭金で詰むまで何が起きるかわからないから黙ってなさい」と。私の将棋と一緒で、最後まで気を抜くなという教えだったと思います(笑)。

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2人で飲みに行くことも! 父であり師匠でもある飯野健二八段との関係

――飯野愛女流初段は、高校2年生のときにプロを目指そうと決断されたんですよね。飯野健二八段がそれを聞いて驚いたというエピソードが印象的です。

それまでは「将棋のプロになりたい」と思ったことも、言ったこともありませんでしたから、驚くのも当然だったと思います。

――高校2年生になるまでの間も、将棋には触れていたんですよね?

はい。始めたのは5歳の頃で、姉2人と母と私が盤の前に座って、父から駒の動かし方とルールを教わりました。そこからは習い事のひとつとして将棋道場に通ったり、中学では父が教えにくる将棋部に入っていたり。将棋に触れてはいましたが、その道で生きていこうとはまったく思っていませんでした。

ただ、中学に入ってから「将棋っていいな」と感じるようになっていました。というのも、小学3年から中学3年までずっとバスケ部に入っていたんですが、運動部は上下関係が厳しかったんですね。でも将棋部では、将棋盤を挟んでしまえば年齢や性別関係なく楽しめる。それがすごくいいなと思って。

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――そして、将棋の道に進もうと決めたのが高校2年生。

進路を決めなきゃいけない時期で、「自分の好きなことって何だろう」と考えたんです。うちの家族、みんなそれぞれ好きなことをやってるんですよ。父は将棋、母は日本舞踊、長女はアパレル、次女は海外が好きで留学。「じゃあ、私は?」と考えたときに、これまで楽しかったことや魅力に感じたことを振り返ってみて、「将棋をやりたい」と思いました。

高校2年生で自分と向き合って初めて夢を見つけて、そこからは本当に毎日楽しかったです。それまでは何となく生きてきたので、「将棋のプロになる」という目標に向かって努力するのがただただ楽しくて。

――将棋のプロを目指すと決めたとき、これまではお父様だった飯野健二八段が「師匠」にもなったと思うのですが、父親が師匠というのはどういう感覚なのでしょうか。

やはり切り替えるのが難しくて、なかなか「師匠」として割り切れませんでした。本来ならばこの世界では、師匠の教えに沿うべきだと思うのですが、やはり「お父さん、どうしてそんなこと言うの」という気持ちにもなってしまうというか‥‥。それまで父とぶつかったこともなく、反抗期もなく、仲も良かったのですが、師弟関係になってから初めてぶつかりましたね(笑)。

――ぶつかるというのは、師匠の将棋の指導に対して反論するといったような?

いえ、師匠から将棋の技術面で何か言われることは、まったくありませんでした。将棋については宮田利男八段に教えていただいたり、自分で記録係をやって修行したり。師匠は「この道場に行きなさい」「記録係に行きなさい」という方針を決める形でした。

師匠としては、高校2年生からプロを目指すと決めた娘に対して、遠回りさせられないという気持ちがあったと思います。そのため一気にいろいろと言わなきゃいけなくて、それを私が受け止めきれずに反発してしまったり。

――現在は、いかがですか?

今は、ぶつかることもないですよ。対局で勝ったら師匠に電話するのですが、その時たいてい師匠は飲みに行ってるので、私もその店に行って2人で飲んだり。負けた時は自分も気持ちの整理をしたいし、師匠にも悲しんでほしくないので、電話しないんですけどね(笑)。

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――父親と娘が2人でお酒を飲むの、なかなか珍しいですね! 負けてしまった対局の内容について、師匠とお話されることもありますか?

盤を挟んで話すことはないですが、対局後に父の机の上にそっと棋譜を置いておくと、並べておいてくれるんです。それで、あとから「ここはこうだったね」と話してくれます。負けた直後だと素直に聞けないので、そっと棋譜を置いて、後日話すのが恒例になりました。今もしょっちゅう実家に戻るので、そのタイミングで父の机の上に棋譜を置いてます(笑)。

――最後に、これからの目標を教えてください。

今は、やはり対局で結果を出すことが一番の目標です。それに加えて、将棋の魅力も多くの人に伝えていけたらと思っています。現在は師匠とともに月に3回教室を開いているので、この活動も続けていきたいです。それと、将棋に興味を持った方がイベントに参加してくださった時に「次も参加したい」と思ってもらえるよう、楽しさを全力伝えられたらと思っています。これからも自分らしく、地道に頑張ります!

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まとめ

「父が選んだ将棋の世界に自分も入ることができて嬉しい」と語ってくれた飯野愛女流初段。師匠でもある父と飲みに行ったり、姉妹で入籍日をそろえたりと、エピソードの端々から家族の仲の良さがにじみ出ていました。そして、「BASCHEE(バスチー)」を差し入れてくれたローソンクルーのあきこちゃんには、素敵なメッセージをいただきましたよ。

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取材協力飯野愛女流初段

1986年11月17日生まれ。東京都世田谷区出身。飯野健二八段門下。2013年10月1日、女流2級。2018年4月1日、女流初段に昇段。

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女流棋士とデザート

マツオカミキ

ライターマツオカミキ

2014年からライターとして活動する平成元年生まれ。28歳にして初めて将棋に触れました。将棋を学びながら、初心者目線で楽しさをお伝えします!普段は観光地や企業、お店を取材して記事を執筆中。

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