痛恨の敗局【瀬川晶司六段編】(1)どうしても勝ちたかった一局

痛恨の敗局【瀬川晶司六段編】(1)どうしても勝ちたかった一局

ライター: 大川慎太郎  更新: 2019年12月26日

勝者の裏に敗者あり。

勝者は常にスポットライトを浴び、勝利の悦びを得る。だが、敗者には敗者のドラマが存在するのだ。どんな棋士でも痛恨の敗局を経験しているだろう。本コラムでそんな「忘れ得ぬ敗局」に注目をして、敗者の視点で対局やその周辺事情を取り上げてげてみたい。

初回は瀬川晶司六段に登場いただき、3年前の「忘れ得ぬ敗局」について語ってもらった。大川慎太郎氏の執筆による全5回の連載だ。ぜひ、ご覧いただきたい。

【瀬川晶司六段編】(1)どうしても勝ちたかった一局

今回紹介するのは、2016年5月4日に近藤正和六段と指した第29期竜王戦ランキング戦6組準々決勝の一局です。

なぜこの将棋が「痛恨の一局」なのか。それは私の欠点である「甘さ」がはっきり露呈しているからです。

私はプロになって以来、毎年勝ち越してきたのですが、この2016年度で棋士人生初の負け越しを喫しました。理由ははっきりしています。得意戦法だった横歩取りの後手番でまったく勝てなくなってしまったからです。

いま、私は横歩取りをほとんど指していません。というより、棋界全体でかなり減少しています。やはりこの頃から将棋ソフトが徐々に浸透し始めた影響もあるかもしれません。例えばソフトは8五飛戦法をあまり評価しないようですね。

そういう厳しい状況だったので、「勝ちたい」と切望していました。勝てば準決勝進出で、相手は弟弟子の青嶋君(未来五段)。彼とは公式戦では初対戦なので指してみたかったし、何しろ竜王戦で昇級したかった。

haikyoku_segawa1_02.JPG

対左穴熊への工夫

振り駒で後手番になりました。近藤さんと言えば「中飛車」です。対して私は三間飛車に構えました。近藤さんは玉を左側に囲う「左穴熊」を採用してきました。過去の対戦で似たような戦型は何回か指しています。というか近藤さんとは奨励会時代から親しくて、お互いの手の内は知り尽くしています。だから事前の研究もそこまで厳密にはしていなかった。

とはいえ無策で臨んでいたわけではありません。4二にいた左銀を△5一銀~△5二銀(第1図)と繰り替えて、銀2枚の美濃囲いを作ったのがささやかな工夫です。斎藤慎太郎七段が指していたのを真似してみました。

【第1図は△5二銀まで】

別に△5二金左でも悪いわけではありませんが、この銀を6三に配して△5四歩(第2図)と仕掛けるのが目的です。先手は3八の銀と6九の金が離れ駒になっているので、ここで動くのは悪くないと見ていました。

【第2図は△5四歩まで】

haikyoku_segawa1_01.JPG

※写真はすべて2015年7月31日 第74期順位戦C級2組3回戦 瀬川昌司五段 対 上村亘四段戦で撮影(段位は当時)
撮影:常盤秀樹

(2)「序盤でつかんだリード」へ続く

痛恨の敗局

大川慎太郎

ライター大川慎太郎

出版社退社後、2006年より将棋界で観戦記者として活動する。著作に『将棋 名局の記録』(マイナビ出版)、『不屈の棋士』(講談社現代新書)などがある。趣味は音楽鑑賞、サッカー観戦。映画、海外ドラマも好きで、最近はデヴィッド・フィンチャー監督の「マインドハンター」に度肝を抜かれた。

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