特別対談 下條信輔さん(カリフォルニア工科大学教授)×羽生善治九段「AIと将棋の未来像」 ~将棋世界2019年7月号より

特別対談 下條信輔さん(カリフォルニア工科大学教授)×羽生善治九段「AIと将棋の未来像」 ~将棋世界2019年7月号より

ライター: 将棋情報局(マイナビ出版)  更新: 2019年06月03日

将棋世界2019年7月号巻頭は、羽生善治九段とカリフォルニア工科大学教授・下條信輔さんによる特別対談。プロ棋士の棋力を凌駕するに至ったAI(人工知能)と将棋との関係は今後どうなっていくのか。羽生九段と認知心理学の権威であり、電王戦ウォッチャーとして長年将棋ソフトの進歩を見続けてきた下條氏が、「将棋×AI」の未来を語ります。本コーナーでは冒頭部分【アルファ碁の衝撃】を紹介します。

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アルファ碁の衝撃

下條「人の心を研究するのが心理学ですが、その中でも人の思考、知覚、記憶、意思判断を研究するのが認知心理学です。それがもともとの私のバックグラウンドですが、MIT(マサチューセッツ工科大学)に留学して、神経科学とか人工知能やコンピュータサイエンスの教育も受けて、それやこれやで興味が広がっていきました。1997年に、日本の大学の職を辞めてカリフォルニア工科大学に移ったのですが、その年がちょうど、IBMのコンピュータ『ディープブルー』が、チェスの世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ(ロシア)を破った年でした。当時は、心理学者仲間や将棋友だちとメールをやりとりしながら、固唾を呑んで見ていたのですが、あのときは完全に人間側を応援していました。コンピュータがかなうはずがないと。でも、負けたので非常にショックを受けて。その後、電王戦が始まり、毎年大喜びしながら拝見していました。羽生先生も、きっかけは将棋ソフトへの興味からかもしれませんが、最近のテレビなどを拝見していると、AI全体にご関心があるのかなと感じています」

羽生「そうですね。3年前にNHKの番組(『天使か悪魔か 羽生善治人工知能を探る』)に出たときに、実際の現場を見て、AIの技術がこんなに進んでいるんだなと感じましたし、将棋界もいまダイレクトに影響を受けていることでもあるので、非常に関心を持って見ているところです。あと、認知科学系の人とも昔から交流があって、20年ほど前に印象的だったのは、『もうハードの進歩だけで人間を追い越せますよ』っていわれて、不思議な気持ちになりました。

下條「その後、コンピュータを数十台つなげる(並列化)など、力ずくのアプローチで強くしていた時期がありました。ただ、『アルファ碁(AlphaGo)』の登場でだいぶ話が変わってきましたね」

羽生「そうですね」

下條「羽生先生は、松原仁先生(はこだて未来大学教授=人工知能、ゲーム情報学等)をご存知だと思いますが、私も親しいんですよ。この間もお会いして話したんですけど、将棋や囲碁ではすでにシンギュラリティー(技術的特異点)は超えていると。それは当たり前なのですが、アルファ碁のインパクトというのは、将棋の強いソフトとはまた違ったものでした。将棋ソフトは割合、古典的な方法で強くしていました。でもアルファ碁は最先端の方法で、人間のプロがどんなに頑張っても1日数十局くらいしか指したりできないところを、AI同士で1万局ぐらい対戦させて学習しているわけですから、いずれああなるのは目に見えていたのだけれども、松原先生ですらこんなに早く人間を超えるとは思わなかったそうです。あと5年から10年くらい先のことだろうと考えていたところに、グーグルなどインターネット系の会社が研究費をつぎ込んで、ものすごいスピードで技術革新が起こっているとおっしゃっていました。羽生先生はいろいろ経験をされる中で、AIに関するイメージが変わった部分はありますか」

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羽生「ありますね。私は、アルファ碁とイ・セドルさんが対戦したときも、ちょうどロンドンにいて、2週間前の記者会見を取材で見たんです」

下條「すごいタイミングですね」

羽生「韓国側はすごい熱狂で、イ・セドルさんもコンピュータは3子か4子ぐらいのレベルだろうから、今回は話にならないよといったような感じだし、アルファ碁のチームのほうも、ヨーロッパチャンピオンとも対戦して勝っていますから自信満々で、対照的でした(笑)」

下條「そうだったんですか」

羽生「対戦が始まって、アルファ碁の強さが分かってきて雰囲気はがらりと変わったんですけど。私も将棋界のことも他のボードゲームの世界のこととかも知っていますが、あの段階でアルファ碁があそこまで強くなっていたとは夢にも思わなかったというのが率直な感想です」

下條「AIの技術の進歩っていうのもそんなに一直線で測れるものじゃないかもしれませんが、一度できるようになったことが、できなくなることは基本的にないんですよ。たとえば計算というのは、昔の商人は算盤でやっていたわけですが、いまは相当複雑な計算まで機械で一瞬でできるようになった。いまさらそれを算盤でやろうとする人はいないわけで」

羽生「なるほど」

下條「創造性みたいなものも、最近までは機械は論外だとされてきました。でも、将棋ではポナンザ新手っていうのがありましたよね。アルファ碁も、序中盤で打った手の意味がプロでもすぐに分からず、そこから十数手ぐらい進んでみたら実は素晴らしい手だったとようやく理解できたというようなことがありました。将棋や囲碁に限定した空間ではあるけれど、すでにAIの創造性が発揮されているといってもいいんじゃないでしょうか」

羽生「そうですね、実際に将棋界もいま大きな影響を受けていますし、ここ2、3年ぐらいで戦術的な面でも変わったところがあります。いままではソフトの将棋と人間の将棋は別世界の出来事でした。でも、いまはもうそれが融合し始めていて、(従来の)常識とか定跡とかが見直されているところです。で、私が思ったのはですね、人間とAIのいちばんの違いって、時間の観念があるのかどうかというところなんです。創造的な手といっても、コンピュータにとっては創造でも何もないんです」

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下條「そうですね」

羽生「古い定跡から新しいものが加わったというのは、あくまで人間側から見た解釈なので。それは結果として、生み出されているのかなと」

下條「たしかに」

羽生「ソフトを研究に使うことで、これから人間の手がみんなAI的になっていくかっていえばそうではなくて、人間が受け入れられる部分を少しずつ影響を受けて導入していくっていうプロセスになっていくのかなと思っています」

下條「松原先生は、AIのブラックボックス化(AIの思考プロセスが人間に分からない)がだんだん起きてくるだろうとおっしゃっていました。それは私も同意見で、ソフトの指し手の意味が分からない、どういう筋道で読んでいるのか分からないというのは、インターネットの画像分類なんかでもすでにそういう問題が起きています。人間なら誰が見てもパンダなのに、ある意地悪なノイズを入れてやるとAIが間違えて、たとえばダチョウだとかギボン(テナガザル)だとか、人間なら絶対にしない間違いをする。しかも、どうしてそんな間違いをするのかが人間は理解できない。そういうディープラーニング(深層学習)のブラックボックス化が起きているんだと。先ほど羽生先生がおっしゃった、人間に理解でない領域と相容れる領域があって、それを移し替えるというか、どうにか人間が分かるようにする必要が生じてくるんじゃないかといわれてて、私はそれは非常にありうるかなと思っています」

羽生「社会の中で実装していくときには、AIが何をやっているのかを説明できる人が求められるような気はしています。特に最近は学習に人間が介在しないでAI同士だけで完結している世界になっているので、いかにじょうずに人間的な形で解釈していくかが大事になってくる。あと、最近の機械学習って、詰め込み型でただただいっぱいデータを与えて計算するよりも、いかに無駄な考えを省いていくかっていうところで、ある種プロセスは人間的な思考と似てきている部分もあるのかなと思ったりしています」

下條「羽生先生は昔、将棋は手をたくさん読むことではなくて、いかに無駄な手を読まないで捨てることができるか だというようなことをいわれていたと思いますが、AIもだんだんそっちの方向にいくのではないかということですね」

羽生「実際、アルファ碁でも、対局のときに読んでいる手数は、ディープブルーの時代に比べたらたぶん2桁か3桁分くらいは少なくなっていると思います。もちろん、学習に費やす時間はとんでもない量なので、逆に考える必要もなくなっているのでしょうけれど」

おわりに

対談はここから、「理解しにくいAIの手」「将棋電王戦の意義」「将棋ソフトをどう活用するのか」「もし将棋が解明されたら」へと続きます。最強棋士と認知心理学の権威が考えるAIとの付き合い方、羽生九段の「評価値論」、そして将棋というゲームに結論が出た際の解決策は? 全文は将棋世界2019年7月号でお読みいただけます。

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将棋世界2019年7月号

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