ライター直江雨続
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。
ライター: 直江雨続 更新: 2016年10月22日
加藤桃子女流二冠(女王・女流王座)に里見香奈女流四冠(女流名人・女流王位・女流王将・倉敷藤花)が挑戦する第6期リコー杯女流王座戦の五番勝負が10月26日(水)に開幕します。今期の女流王座戦には大きな記録がかかっています。加藤桃子女流王座が防衛すると女流王座獲得数が通算5期となり、史上初の「クイーン王座」という永世称号を得ることになります。一方挑戦者の里見香奈女流四冠も今回勝利すると2013年以来の女流五冠となり、史上初の女流六冠に向けて大きな一歩となります。まさに女流史上に残るような頂上決戦! 負けられない戦いがここにあります。
なお、2011年に創設された女流王座戦は過去すべての番勝負加藤桃子女流王座が登場しています。この棋戦を語るには欠かせない存在なのです。今回は加藤桃子女流王座のここまでの女流王座戦での活躍をご紹介します。
加藤女流王座は静岡県牧之原市出身、1995年3月9日生まれの21歳。かつて奨励会に所属しプロ棋士を目指していた父と将棋好きの母との間に生まれ、5歳から両親に将棋を教わりその才能を開花させました。小学5年生の時には小学館学年誌杯全国小学生将棋大会のグランドチャンピオン戦で優勝。翌年には奨励会に6級で合格。父の師匠でもあった安恵照剛八段門下となります。父が夢見たプロ棋士への道を娘もまた歩みはじめたのです。
2011年の春。奨励会入会後、2級にまで昇級していた加藤に転機が訪れます。里見女流三冠が奨励会への受験を希望したため、特例の編入試験が行われ、当時奨励会に所属していた加藤2級、伊藤沙恵2級、西山朋佳4級が里見との対局を行ったのです。加藤2級はこの時の対局に勝利。のちにタイトル戦の舞台で幾度も戦うことになる二人にとって、これが運命的な初顔合わせでした。
なお、残る2戦を勝利した里見女流三冠は奨励会1級への編入が認められました。この件がきっかけとなり、その年から日本将棋連盟は規約を変更し、女性奨励会員の女流棋戦出場が公式に認められたのです。里見が投じた一石が、その後の加藤の将棋人生に大きな影響を与えました。
プロ棋士を目指して奨励会で修業を続けてきた加藤奨励会2級は16歳になります。棋風は居飛車党で急戦志向、元気いっぱいの攻めと、形勢が悪くなってからの逆転術は奨励会仕込みです。その秘められた実力が女流棋戦でついに発揮されるときが来たのです。
1次予選で渡辺弥生女流1級(当時)に勝利し、2次予選では大庭美樹女流初段を破って本戦入り。本戦トーナメントでは1回戦で千葉涼子女流四段、2回戦で岩根忍女流二段(当時)に勝利。また、奨励会でもこのころ1級に昇級するなど勢いに乗っていました。準決勝(五番勝負出場者決定戦)では同じく奨励会員でライバルでもあった伊藤奨励会1級(当時)との対局を制して初の番勝負への出場を決めます。
初代女流王座を懸けた五番勝負の相手は清水市代女流六段。歴代1位である43期の女流タイトル獲得数を誇る女流棋界のレジェンドです。女流棋戦初出場の16歳の奨励会員がこれまで女流棋士の歴史を作ってきた象徴的存在の清水女流六段と戦う。この異色の五番勝負は当時大いに将棋ファンの間で話題となりました。
第1局は相掛かり。午前中からハイペースかつ、激しい攻め合いの局面に突入。お互い一歩も引かずに終盤戦に突入します。最後は鋭い寄せが決まり、自玉の不詰めを読み切った加藤奨励会1級が勝利。
第2局は先手番となった加藤奨励会1級が横歩取りを選択。この将棋は清水女流六段の快勝譜ともいうべき内容でした。レジェンドが貫録を見せ、勝負は振り出しに戻ります。
第3局では、前夜祭での加藤奨励会1級の挨拶が話題になりました。対局相手の清水女流六段を前に「どうしても指したいと思っていた戦法があるので、それで挑みたい」と宣言したのです。それは後手番での振り飛車(ゴキゲン中飛車)でした。
清水女流六段は超速▲3七銀戦法で対抗。持久戦となり長い中盤からねじり合いが続く終盤戦へ。112手目の△7八銀打はぜひ並べてみてほしい印象的な勝負手でした。意表の振り飛車から加藤奨励会1級が勝利し、これで初の女流王座に王手をかけました。
そして迎えた第4局。女流王座まであと一勝の終盤戦、盤上で事件が起きます。中盤から終盤にかけては先手有利で進み、最終盤の105手目。▲5六歩で先手勝勢のところ、加藤奨励会1級が指したのは▲5五歩。そのわずかの差が敗着となりました。急転直下の大逆転負けで勝負はフルセットへ。
2勝2敗で迎えた最終局。勝ったほうが初代女流王座です。振り駒で先手となった加藤奨励会1級の横歩取りに進みます。中終盤、2筋、4筋、7筋に垂れ歩が残る珍しい形となり、優勢を維持した加藤奨励会1級が勝ち切って初代女流王座に輝いたのです。
なお、第1期女流王座就位式では加藤女流王座の素晴らしいスピーチが話題となりました。女流王座戦に出場するきっかけ、清水女流六段への憧れ、対局場のすばらしさ、第1局から第5局までの対局で感じたこと、周りの人への感謝、そしてタイトルホルダーとしての抱負。それらを自分の言葉で語る16歳の姿は会場中を感動させました。全文や動画もぜひご覧ください。
加藤女流王座は翌年の第2期では挑戦者となった本田小百合女流三段を3連勝のストレートで破って防衛。第3期の挑戦者は里見女王・女流名人(当時)。第1局で先勝するものの、そこから3連敗でタイトルを失冠してしまいます。
翌年の第4期では再び本戦トーナメントを勝ち上がり挑戦者決定戦へ進みます。本来であれば里見女流王座との五番勝負が予定されていましたが、体調不良による休場の影響で里見女流王座はタイトルを返上。同じく挑戦者決定戦に勝ち上がっていた西山朋佳奨励会二段(当時)との五番勝負によって女流王座のタイトルを争うこととなります。この五番勝負に3連勝し、加藤女流王座は昨年失ったタイトルを取り戻しました。
そして昨年行われた第5期女流王座戦の挑戦者となったのは、奨励会を退会し、女流棋士となった伊藤沙恵女流二段でした。かつての奨励会のライバル、第一期では五番勝負への出場決定戦を争った伊藤女流二段との初めてのタイトル戦。加藤女流王座自身が、最も印象に残ったタイトル戦だったと語ったように、第3局での持将棋引き分けも含め、女流棋戦の歴史上初めて第6局まで行われた死闘となりました。結果は加藤女流王座の防衛。これで4期目の女流王座となり、「クイーン王座」まであと一つとなったのです。
第6期の女流王座戦を勝ち抜いてきたのは里見女流四冠でした。現在6つの女流タイトルのうち4つ(女流名人・女流王位・女流王将・倉敷藤花)を持つ里見、残り2つ(女王・女流王座)を持つ加藤による頂上決戦は、女流棋界における歴史的な勝負になることは間違いありません。
開幕局は10月26日(水)広島県広島市「シェラトングランドホテル広島」で行われます。決してお見逃しなく!
*写真はすべて女流王座戦中継ブログより引用。就位式の写真のみ筆者撮影
ライター直江雨続