第37期竜王戦七番勝負展望

第37期竜王戦七番勝負展望

ライター: 琵琶  更新: 2024年10月04日

 竜王4連覇を目指す藤井聡太竜王の前に、佐々木勇気八段が挑戦者として名乗りを上げた。藤井としてはプロ初黒星を喫した相手であり、前期NHK杯戦の決勝では熱戦の末に連覇を阻止された。佐々木のタイトル初挑戦に立ちはだかるのが藤井だという構図も興味深い巡り合わせといえよう。ふたりの物語は最高峰の舞台で初のタイトル戦を迎える。

満を持しての挑戦

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写真:文

 佐々木は2010年秋に16歳でデビューした。小学4年生のときに小学生名人で優勝すると、鳴り物入りで奨励会に入会。若手時代から大器の呼び声が高く、期待する声が多かったので、今回の大舞台登場を待ちわびたファンも多いだろう。デビュー後は持ち前のポテンシャルをうまく解放できないようなところもあったが、順位戦でも昇級を重ねていき、昨年の春にトップの証でもあるA級棋士になった。着実に実力と地力を強化してきており、満を持しての挑戦といえる。
 佐々木の今期成績は15勝2敗(未放送のテレビ棋戦は除く)。9割近い勝率をひっさげて大舞台に躍り出た。特に挑戦者決定戦では竜王経験者の広瀬章人九段に連勝したのは大きな自信につながったのではないだろうか。竜王戦以外の棋戦でも勝ち星を量産しており、実力と勢いを兼ね添えた新進気鋭の挑戦者だ。
 藤井との対戦成績は2勝4敗。負け越しているものの、冒頭で述べたように藤井の大きな節目で佐々木が2勝を挙げている。特に両者がトップ棋士として対戦した前期のNHK杯戦決勝は、秒読みの中で手に汗握るハイレベルの攻防が長く続いた。藤井との終盤の競り合いで崩れなかったのは、七番勝負で秒読みになっても大きな武器になるに違いない。
 竜王が初タイトルだった棋士は島朗九段、羽生善治九段、佐藤康光九段、藤井猛九段、渡辺明九段、糸谷哲郎八段の6人。佐々木が7人目を目指す。

不敗神話が崩れるも

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写真:琵琶

 藤井に関しては筆者が今さらあらたまって述べるまでもなく、2018年秋のデビューから毎年のように8割以上の高勝率を挙げている。昨年秋には前人未踏の八冠を達成した。ホームラン54本、59盗塁で話題になっているメジャーリーガーの大谷翔平選手のように、現実離れした異次元の活躍はため息が出るほどだ。
 藤井の今期成績は18勝5敗(未放送のテレビ対局は除く)。4棋戦で防衛を果たして7割8分3厘と相変わらずの安定感を誇っている。しかし、今期は叡王戦で同年代の伊藤匠七段(当時)にフルセットの末に敗れて、棋士人生で初の失冠を経験した。藤井のタイトル戦での不敗神話がタイトル戦24回目にしてついに崩れたのである。もちろん風穴を開けた伊藤匠叡王の実力は若手時代から折り紙付きではあるのだが、藤井と対戦する他の棋士にとっても、無敗と1敗とでは大きく意味が異なってくるのではないか。
 とはいえ、叡王失冠後は王位、王座と無類の強さを発揮し、防衛に成功しているところはさすがとしかいいようがない。気持ちの切り替えも長けているようだ。
 伊藤叡王に敗れた叡王戦五番勝負や永瀬拓矢九段の挑戦を退けた王座戦五番勝負は角換わりシリーズになった。挑戦者の佐々木も先手後手にかかわらず角換わりの採用率が高く、互いの研究をぶつけ合う展開になることが予想される。

角換わりシリーズが濃厚か

【第1図は△6三銀まで】

 テーマのひとつになりそうなのが図の局面。今期竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第1局、広瀬九段戦の一場面である。図は先後同型の角換わりで、ここから▲9六歩△1四歩▲1六歩△8一飛▲9五歩と進んだ。後手が9筋を受けないのか。あるいは1筋と9筋の端を突き合うのか。端歩以外にも先手が▲4八金と上がったあとに▲2九飛と引くのか、それとも2八飛型のまま間合いを図るのかなど、図をベースにいろいろな形が想定される。
 もちろん、両者がどこかで変化することも考えられる。が、中心は角換わりになる公算が高いと見る。今期七番勝負で互いに研究をぶつけ合い、角換わりの新たな定跡になるような将棋が生まれるかもしれないと考えるとわくわくしてくる。

移動がモチベーションに

 最後に技術面以外のことにも触れておきたい。タイトル戦と将棋会館での対局の大きな違いに対局前後の移動がある。今期七番勝負は東京を皮切りに福井、京都、大阪、和歌山、鹿児島、山梨と全国各地を転戦する。東京や愛知から他県への遠征があり、時には対局翌日の早朝から出発するなんてこともあるわけだが、この点に関してはどうしても経験豊富な藤井に分があると言わざるをえない。
 対局前日に長時間の移動をするのは見えない疲労があるようにも思うのだが、藤井は根っからの鉄道ファンということもあって、むしろ移動を楽しんでいるような印象を受ける。特に初めて乗車する路線があるときはその旨を前夜祭でうれしそうに話すことも少なくはないからだ。移動の道中がモチベーションにつながっているのがある意味、強さの要因のひとつなのではないだろうか。
 一方の佐々木もタイトル戦の移動は初めてになるが、意外と苦にしないかもしれない。イベント出演のためにいろいろな県を訪れたり、勉強のためにタイトル戦の会場に現れたりと、実にフットワークが軽いことで知られる。特に第1局は移動時間の少ない都内で行われるのがタイトル初挑戦の佐々木にとって追い風になるかもしれない。第2局以降は移動も楽しむぐらいのゆとりが持てれば、対局にもいい影響を及ぼしそうだ。
 盤外のことにも少しだけ言及してみたが、対局が始まってしまえば両者とも盤上没我で打ち込むしかない。ふたりの物語は今期七番勝負で新たな幕を開ける。

琵琶

ライター琵琶

2015年の春から日本将棋連盟モバイルの記者として関東のネット中継業務に携わる。趣味は旅行、乗り鉄、ラーメン屋巡り。東京都出身。

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