絶対王者との戦い―第82期名人戦七番勝負展望―

絶対王者との戦い―第82期名人戦七番勝負展望―

ライター: 相崎修司  更新: 2024年04月08日

 藤井聡太名人に豊島将之九段が挑戦する第82期名人戦七番勝負は4月10、11日に東京都文京区「ホテル椿山荘東京」で行われる第1局で開幕する。藤井名人にとっては初の名人防衛戦だ。
昨年に名人を奪取して、史上2人目の七冠となった藤井はその後、棋聖、王位と相次いで防衛し、王座を獲得して史上初の八冠独占を達成。八冠後も竜王、王将、棋王をいずれも防衛し全冠制覇をキープ。しかも直近の3タイトル戦ではいずれもストレート勝ちと、まさに圧巻の強さを見せている。

1937年の第1期名人戦で木村義雄十四世名人が初の名人を獲得してから、現在に至るまで名人を獲得した棋士は、藤井が16人目となる。歴代名人経験者の初防衛戦は以下の通りだ。

木村義雄 第2期名人戦で土居市太郎に4勝1敗で防衛
塚田正夫 第7期名人戦で大山康晴に4勝2敗で防衛
大山康晴 第12期名人戦で升田幸三に4勝1敗で防衛
升田幸三 第17期名人戦で大山康晴に4勝2敗1持将棋で防衛
中原誠 第32期名人戦で加藤一二三に4勝0敗で防衛
加藤一二三 第41期名人戦で谷川浩司に2勝4敗で失冠
谷川浩司 第42期名人戦で森安秀光に4勝1敗で防衛
米長邦雄 第52期名人戦で羽生善治に2勝4敗で失冠
羽生善治 第53期名人戦で森下卓に4勝1敗で防衛
佐藤康光 第57期名人戦で谷川浩司に4勝3敗で防衛
丸山忠久 第59期名人戦で谷川浩司に4勝3敗で防衛
森内俊之 第61期名人戦で羽生善治に0勝4敗で失冠
佐藤天彦 第75期名人戦で稲葉陽に4勝2敗で防衛
豊島将之 第78期名人戦で渡辺明に2勝4敗で失冠
渡辺明 第79期名人戦で斎藤慎太郎に4勝1敗で防衛

 こう見ると、名人防衛のケースが圧倒的に多い。失冠したケースのうち、加藤一二三九段と米長邦雄永世棋聖はいずれも「悲願」とされた名人獲得を実現した翌年に新世代の旗手に明け渡した形だ。森内俊之九段は同年代の覇者に自身初タイトルを奪われた形だが、その翌年に取り返すと、以降も羽生善治九段と名人を争い続けて、07年には羽生九段に先んじて十八世名人の資格を獲得した。

 豊島九段は前回の失冠から、これまで名人戦七番勝負への再挑戦はなかったが、名人失冠直後には叡王を獲得し、またその年には竜王も防衛して第一人者としての地位を維持した。しかしその翌年に保持していたタイトルを相次いで奪われる。その相手はいずれも藤井名人だった。

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写真:玉響

【第1図は△8一馬まで】

 第1図は第81期順位戦A級の▲藤井―△豊島戦。この時点で藤井が5勝1敗、豊島が4勝2敗と挑戦権を争う上で大きな一番だった。ここでは▲7三竜かと見られていたが、藤井は▲6三角と打ち込んだ。△同馬は▲同歩成で先手勝勢。豊島は△6一金▲7三竜△7二銀▲8四竜△8三歩と頑張るも、▲同竜△6三銀左▲8一竜△同銀▲6三歩成でやはり先手よしだ。大一番を制した藤井は最終的に広瀬章人九段とのプレーオフを制して、名人挑戦権を獲得する。

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写真:虹

【第2図は▲2四飛まで】

 第2図は藤井名人誕生の一局。前期七番勝負の第5局である。後手の藤井はここでは苦しいと見ていたそうだが、△4六角▲3四飛△6六角が勝負手。実戦は以下▲2三桂△2二玉▲3一銀△同金▲同桂成△3三歩▲2一成桂△同玉▲5四飛△5三歩と進み、最後は藤井が勝った。結果的には▲2三桂に代えて▲6六同金と取るほうがまさったとされた。20歳10ヵ月で名人を獲得した藤井は谷川浩司十七世名人の21歳2ヵ月という史上最年少名人獲得記録を更新した。

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写真:中野伴水

 名人獲得後の勝ちっぷりを見ても藤井の安定度は抜群だ。付け入るスキなどちょっと見当たらないし、藤井―豊島戦も上記の順位戦を含め直近では藤井の9連勝中である。

【第3図は▲3七同玉まで】

 第3図は今期順位戦A級最終局の▲菅井竜也八段―△豊島戦。ここで△2五桂は▲2六玉と上部脱出を見られる形になり、ちょっとアヤがつきそうだ。豊島は△4八竜と切った。▲同金は△3九竜、▲同銀は△2九竜で寄り筋となる。実戦の▲4八同玉には△4四香▲3六馬△4五銀と要の馬を消しに行って後手が勝利。豊島が7勝2敗で挑戦権を獲得した。

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写真:虹

終局直後のインタビューでは「なんとか自分の将棋を変化させていけるようにと思っているのですが、なかなか思うようにはいかなくて。同じようなやり方を続けていてもうまくいかないので、何かしら変化させていけるようにと思っています」と語っている。その言葉通り、ニュースタイルとなった豊島将棋が見られるかどうか。絶対王者とどのような戦いぶりを見せるか、注目したい。

相崎修司

ライター相崎修司

2000年から将棋専門誌・近代将棋の編集業務に従事、07年に独立しフリーライターとなる。2024年現在は竜王戦、王位戦・女流王位戦、棋王戦、女流名人戦で観戦記を執筆。将棋世界などにも寄稿。

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