実戦と研究の相克 ―第70期王座戦五番勝負展望―

実戦と研究の相克 ―第70期王座戦五番勝負展望―

ライター: 松本哲平  更新: 2022年08月29日

「十番勝負」の死闘から2年

 永瀬拓矢王座に豊島将之九段が挑戦する第70期王座戦五番勝負が開幕する。3連覇中の永瀬が防衛するか、豊島の無冠返上なるか。近年のタイトル戦において第一線で活躍する2人が戦う注目のシリーズだ。

 永瀬は第67期に斎藤慎太郎王座(当時)から王座を奪取。第68期は久保利明九段、第69期は木村一基九段の挑戦を退けて3連覇を達成した。第67期はタイトル2期獲得で八段昇段、第68期はタイトル3期獲得で九段昇段と飛躍を遂げた棋戦がこの王座戦である。

 永瀬と豊島がタイトルを争うのは2度目になる。前回は2020年、当時七番勝負だった叡王戦で永瀬に豊島が挑戦した。七番勝負は持将棋2局を経てフルセットの第9局までもつれ、豊島が奪取。千日手1回を含めて「十番勝負」の死闘になったことが記憶に新しい。果たして五番勝負が5局で終わるのか――。開幕前からこうした予感を抱かせるカードはなかなかない。今年で創設70周年を迎える王座戦、節目にふさわしい熱戦への期待も高まる。
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写真:琵琶

充実著しい両者

 今期の豊島は挑戦者決定トーナメントで1回戦から順に近藤誠也七段、丸山忠久九段、木村一基九段、大橋貴洸六段を破り、2014年の第62期以来8期ぶりに挑戦権を手にした。

 挑戦者決定戦で戦った大橋六段は、1回戦で藤井聡太竜王を破って勝ち上がり、タイトル初挑戦なるかと注目されていた存在。大橋六段の金を攻めに使う意表の積極策に豊島が早い段階で角金交換の駒損に陥るが、その金が▲8二金(第1図)から獅子奮迅の活躍で勝利に寄与した流れが印象深い。終局後のインタビューでは駒損した時点で自信がなかったと豊島が語っていたが、それだけに勝負強さが際立った感がある。

【第1図は△▲8二金まで】

 豊島は第63期、第67期と挑戦者決定戦に進みながら挑戦を逃していただけに、ようやく得たチャンスである。特に第67期の挑戦者決定戦は相手が永瀬で、永瀬にとっては現在の3連覇につながる大きな一戦になったことが見逃せない。

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写真:虹

 対戦成績は永瀬10勝、豊島9勝、持将棋2局と拮抗している。最近の調子にも不安はなく、永瀬は棋聖戦で、豊島は王位戦でそれぞれ藤井竜王に挑戦を決めた。永瀬は敗退したものの、渡辺明名人を破ってのタイトル挑戦はそれだけで評価に値する。豊島は王位戦七番勝負が継続中でダブルタイトル戦に突入することになる。研究のリソースを集中できるという意味では永瀬に分があるが、豊島もタイトル戦の経験は豊富で戦い慣れているため、大きな懸念にはならないはずだ。

実戦か研究か

 2人は勉強法が好対照という点も興味深い。永瀬は寸暇を惜しんで研究会で人と実戦を重ねるスタイル、豊島は早期にAI研究を主軸にして人と距離を置いたことで知られる。両者とも序盤研究に定評がある点は一致しているが、永瀬は実戦でのアウトプット、豊島は研究そのものの精度を重んじていると見ることができるだろう。

 直近の対戦である6月のA級順位戦では、相掛かりに進んで豊島が趣向の作戦で意表を突いたものの、永瀬の実戦的な指し回しが勝利を呼んだ。後手番ながら事前研究でポイントを奪った豊島の手腕、模様の悪さを覚悟して辛抱した永瀬の判断と、両者の持ち味が出た一局だったといえる。

 今回の五番勝負でも、まずどちらが準備段階で相手を上回るかが最初の見どころになる。戦型は序盤での変化が多い相掛かり、研究を深めやすい角換わりの2つが中心になると予想する。実戦を通して得た経験か、磨き上げた研究か。勝敗はもちろん、2人がつくる最前線の将棋にも注目したい。第1局は8月31日、東京都港区「グランドプリンスホテル新高輪」で行われる。

松本哲平

ライター松本哲平

2009年、フリーの記者として活動を始める。日本将棋連盟の中継スタッフとして働き、名人戦・順位戦、叡王戦、朝日杯将棋オープン戦、NHK杯戦、女流名人戦で観戦記を執筆。連盟フットサル部では開始5分で息が上がる。

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