藤井聡太は初の防衛戦。渡辺明は自身初の四冠を懸けたリターンマッチ

藤井聡太は初の防衛戦。渡辺明は自身初の四冠を懸けたリターンマッチ

ライター: 紋蛇  更新: 2021年06月04日

【初のタイトル防衛戦】

若きスーパースターは、新たなステージを迎えた。藤井聡太棋聖に渡辺明名人が挑む、第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負。第1局は6月6日(日)に千葉県木更津市「龍宮城スパホテル三日月」で行われる。
藤井は初のタイトル防衛戦だ。渡辺はリターンマッチで、前期に史上最年少タイトル獲得の記録樹立を許した雪辱を晴らせるか。

【名局ぞろいだった前期五番勝負】

まずは前期の五番勝負を振り返ろう。第1局は東京・将棋会館で開幕した。藤井は初タイトル戦ということで、和服ではなく着慣れたスーツで挑んでいる。戦型は藤井の先手から相矢倉の脇システムに進む。最後は藤井玉が詰むかの勝負になったが、長手数にもかかわらず藤井は早い段階で見切っていた。最後は逆王手で157手の戦いに終止符を打っている。この将棋は2020年度中に活躍した棋士を表彰する「第48回将棋大賞」で、名局賞を受賞した。
第2局は渡辺が急戦矢倉で襲いかかるも、藤井の懐は深い。途中で指された△3一銀(第1図)は素朴ながら先の先を見据えた受けで、渡辺でも攻めきれなかった。この一手は将棋大賞で升田幸三賞(特別賞)を授与された。

【第1図は△3一銀まで】

カド番に追い込まれた渡辺だが、第3局は意地を見せる。角換わりの定跡形から終盤までテンポよく指し進めた。敵陣に飛車を打ち込み、それに藤井が1時間23分の長考で銀を受けた局面(第2図)は、

【第2図は▲9八銀まで】

消費時間が▲藤井3時間19分△渡辺1時間27分と大きく差がついている。渡辺はこの時間の優位を生かして、142手で勝ちきった。最後は藤井が一分将棋、渡辺の残り時間は13分で、手数だけでなく持ち時間を見てもギリギリであることが伝わってくる。いくら研究しても将棋は難しく、いくら時間があっても足りないのだろう。
第4局は第2局と同一局面から渡辺が変化してペースをつかんだが、藤井がねじり合いに持ち込んで制す。入念に準備したであろう渡辺の研究を跳ね返し、1度しかチャンスのない史上最年少タイトル獲得の記録を達成した。
2020年度は棋聖に続いて王位を奪取して二冠となり、第28期銀河戦と第14回朝日杯将棋オープン戦で優勝、第33期竜王戦3組ランキング戦で優勝、第79期順位戦でB級2組から昇級など、各棋戦で活躍した。今年4月は自身初となる、最優秀棋士賞を受賞している。

【年下を退ける渡辺】

渡辺も負けていない。棋聖を失冠したものの、名人を初奪取して三冠に復帰した。今年に入ってから王将・棋王・名人を防衛し、タイトルの通算獲得数を29に伸ばしている。
棋聖戦挑戦者決定戦は、2年連続で勝ち上がった永瀬拓矢王座に逆転勝ちした。

【第3図は△7四桂まで】

第3図は△7四桂と打ったところ。▲7五銀は△6五飛と桂を取られてしまうが、▲5三桂左成△同銀▲7五銀が厳しかった。今度は△6五飛に、▲3五飛が▲3二飛成と▲5三桂成△同金▲6五飛の両狙いになる。途中の▲3二飛成が王手になるのが▲5三桂左成△同銀で玉の脇腹を開けた効果だ。永瀬は△5五馬から粘ったが、渡辺が冷静な指し回しで挑戦権を獲得した。

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【両者は上り調子】

2021年度に入り、両者の調子は上がっている。渡辺は名人戦七番勝負を終えて、棋聖戦に絞って戦えるようになった。1月からタイトル戦が続いているが、今回は挑戦する立場なので、思いきってぶつかれるはずだ。藤井は5月に19連勝が途絶えたものの、竜王戦2組で優勝、叡王戦でベスト4に進出している。
藤井と渡辺の対戦成績は、藤井の5勝1敗。直近の対局は今年2月の第14回朝日杯将棋オープン戦準決勝で、藤井が壮絶な粘りを見せて逆転勝ちを収めた。
これまでの戦型はすべて相居飛車で雁木系、矢倉、角換わり、相掛かりで戦っており、最新形が多い。藤井は先手で相掛かり、後手で急戦模様の矢倉と作戦の幅を広げつつある。戦略家の渡辺は力戦形や採用率の低い作戦をぶつけるかもしれない。特に後手番で、横歩取りや一手損角換わりを投入すれば、藤井の意表を突けそうだ。藤井に時間を使わせて、残り時間を温存したまま終盤に入れば、前期の第3局のような勝ちパターンが見えてくる。

【九段昇段と四冠を懸けた、令和のゴールデンカード】

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藤井は最年少の記録を次々と塗り替えてきた。棋聖を防衛すれば、タイトル獲得通算3期により最年少で九段に昇段する。現在の記録は、渡辺が2005年に達成した21歳7か月。つまり、渡辺が勝てば目の前での達成を阻むことができる。それに棋聖を奪取すれば、自身初の四冠だ。相当の気合いを入れて臨むだろう。

同じタイトル戦でも、挑戦と防衛では立場が違い、かかってくる重圧が違うといわれる。挑戦なら失敗しても格は変わらないが、タイトル保持者は肩書が変わってしまう。冷静沈着な藤井といえども、タイトルを守るプレッシャーはのしかかってくるのではないか。
天才同士の意地を懸けた勝負は多くの注目を浴びる。前期のように名局が次々と生まれるシリーズになることを期待したい。

紋蛇

ライター紋蛇

2012年より、ネット中継に携わる。担当局で一番長い中継が2013年3月の第71期順位戦C級1組の森けい二九段-近藤正和六段戦で、持将棋の末指し直しとなり、終局時刻は翌日の朝5時40分。「中継は体力だ」と痛感している。

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