将棋川柳・第9乃句『勝ち将棋如何に如何にとならして居』(誹風柳多留拾遺十編第十八丁)

将棋川柳・第9乃句『勝ち将棋如何に如何にとならして居』(誹風柳多留拾遺十編第十八丁)

ライター: 谷木世虫  更新: 2020年04月29日

『勝ち将棋如何に如何にとならして居』

川柳は、前句(まえく=テーマ)と呼ばれる初めの七文字・七文字の後ろに、五・七・五の句付け、その付けた部分だけが独立して発展したもの、と第6乃句でお話しましたが。今回ご紹介する句の前句は、「さかしこそすれ、さかしこそすれ」というものだそうです。

思うにその意味は、小賢(こざか)しいなどと使う「賢(さか)しい」、つまり、賢(かしこ)い・利口・優れている・聡明などといったことだと理解していますが。それをテーマに一句、詠め(下の句を付けろ)と言われて作られたのが今回の句と聞いています。

この句の場合の前句である「さかしこそすれ、さかしこそすれ」は、賢いという解釈より、優秀→有利といった拡大解釈に基づいたものといえ、「有利」イコール「勝ち将棋」という意味になるのではないでしょうか。

得てしてそういう場合は、勝っている方はとっても威勢がよいもの。で、〝いかにいかに〞〝どうだどうだ〞〝何か反撃してみろ〞と、相手をはやし立てるわけです。その様をいったのがこの句で、「ならして居」は威勢を張っているということ。例えば、駒台の駒を持って盤側を叩く様子などを指していて、「コチトラ~、少しはナラしたお兄ぃさんヨ」という〝ならす(轟かす=とどろかす)〞と同じ意味です。

そのお兄ぃさん、町の将棋道場でもたまに見掛けるわけで。ちょうど今も、お兄ぃさんが得意の絶頂にいるのでした。

第1図が現局面で、先手がお兄ぃさん。確かに先手が優勢に見えますが、現在は後手の9九の飛車で角・金の両取りを掛けられています。これをどう凌ぐか、です。

【第1図は△9九飛まで】

見ているとお兄ぃさん、鼻唄を伴いながらムンズと3二の金をつまみ、それを駒台に置いたと思うや否や、4一の角を裏返しバシッと置いたのです。そして、鼻唄はより一層、ボリュームを上げたのでした。

後手の人は泣く泣く△3二同玉ですが、相手の心情おかまいなく、お兄ぃさんは取った金を今度はそっと音もなく8九に置きました。これで後手の飛車は御用となったのですが、それよりも、金を〝そっと置いた〞ところがお兄ぃさんの得意絶頂を思うところなのです。

「どうだ、これでお主(ぬし)は何もできまい。さぁ、如何に、如何に、如何に~!」

〝そっと置いた〞のは、これで〝オワ〞(オシマイ)という意味で、相手に「さぁ、投げろ!」と暗に・静かに・それとなく、催促しているというわけです。
※ここまでの指し手を整理すると、第1図以下、▲3二角成△同玉▲8九金で第2図。

【第2図は▲8九金まで】

それを分かっていても、後手の人はまだ投げきれず、飛車と角を刺し違え、△4二銀とし、▲3一飛に備えました。すでに敗勢は承知で、所作に精気がありません。
※ここまでの指し手を整理すると、図2以下、△9八飛成▲同金△4二銀で第3図。

【第3図は△4二銀まで】

それを見てお兄ぃさんは、「それはナンの受けにもなってないヨ~」と▲8一飛。恐怖の二丁飛車とし、次に▲4一飛成や▲2一飛成を狙いました。

ここまで差が開くと、さすがに後手には有効な手がありません。まさか、角を使って受けるわけにもいかない後手は、これ以上駒を取られないようにと△3三桂と跳ね、うなだれました。
※ここまでの指し手を整理すると、図3以下、▲8一飛△3三桂で第4図。

【第4図は△3三桂まで】

ここでお兄ぃさんが▲4一飛成とし、△4三玉▲5一竜左と一直線に攻め、詰めろを掛ければ、すぐに終わっていたでしょう。しかし、お兄ぃさんは心の余裕から、「勝勢の時間をもっと楽しみたい」との思いが沸き上がったようで、▲4一飛成とはせず、▲8四飛成と香を取ったのでした。
※ここまでの指し手を整理すると、図4以下、▲8四飛成で第5図。

【第5図は▲8四飛成まで】

そう指されても何もできないのが後手のつらいところで、まさに〝泣きっ面に蜂〞状態になってしまいました。俗に、▲8四飛成は「友達をなくす手」と言われるもので、あまり感心した手ではありません。数手後、後手は投了しました。

このように、勝っている方が「どうだ、何かしてみろ」という心情になり、それが具体的な指し手に表れてくる情景は、今も昔も変わりありませんネ。人間のすることなんて変わらないものなンですヨ。

将棋川柳

谷木世虫

ライター谷木世虫

東東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。前回は、将棋道場で聞かれる数々の「地口」をシリーズで紹介したが、今回は「川柳」がテーマ。これも地口同様、ユーモアと機知に富み、文化として残したいものとの思いで、このコンテツの執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。

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