ライター山口絵美菜
将棋を覚えるのが遅かったため「体で覚えた将棋」ではなく「頭で覚えた将棋」が強くなるには?が永遠のテーマ。好きな勉強法は棋譜並べ。
ライター: 山口絵美菜 更新: 2019年02月15日
昨年、中学生の藤井聡太四段(当時)が初優勝し注目を集めた朝日杯将棋オープン戦。第12回目を迎える今年、名古屋にて本戦トーナメントが開幕を迎えました!1月19、20日の二日間に渡ってトップ棋士が激闘を繰り広げた公開対局、そして大盤解説の模様をたっぷりとお届けします!
第12回朝日杯将棋オープン戦名古屋対局ではベスト16に残った棋士のうち、トーナメント右の山の8名の棋士が登場。1日目は午前中に久保利明王将―屋敷伸之九段、行方尚史八段―菅井竜也七段が対局し、午後にそれぞれの勝者が対局。二日目は午前中に佐藤天彦名人―糸谷哲郎八段、稲葉陽八段―藤井聡太七段が対局し、午後にそれぞれの勝者がベスト4をかけて激突しました。
解説は木村一基九段、聞き手は長谷川優貴女流二段と私、山口絵美菜、ゲストとして藤井七段の師匠である杉本昌隆七段も登場しました。
1月19日朝。対局者を含む関係者一同が宿泊先のロビーに集合し、ポートメッセなごやへ。会場ではすでに受付開始を待つファンの方の姿がありました。
ポートメッセなごやは陽射しが降り注ぐモダンな作りで、晴れ渡る空を見ながら「将棋日和じゃないね」と木村九段。事前に控え室で振り駒を行い、その結果、久保王将―屋敷九段戦は久保王将が、行方八段―菅井七段戦は菅井七段がそれぞれ先手番となりました。
今回の見所はなんといっても公開対局。棋士が真剣勝負をしている様子を間近で見ることができる「対局観覧席」が設けられています。ファンの皆さんが固唾を呑んで見守る中、定刻になり、いよいよ対局開始。それと同時に別会場では木村九段の挨拶で大盤解説会が始まりました。
午前中は二局を同時に解説していくという朝日杯ならではの少し変わった形式です。舞台の両端に大盤が置かれ、向かって左側では▲屋敷九段△久保王将戦を長谷川女流が、右側では▲菅井七段△行方八段戦を私がそれぞれ並べ、木村九段が右に左にと移動して軽妙なトークを展開していきます。まずは▲屋敷九段△久保王将戦の解説。居飛車対ゴキゲン中飛車の対抗形になり、屋敷九段がペースを握っていきます。馬ができる変化では「みなさんね、赤い駒(成駒)は強いですよ」と木村九段。久保王将が△4三角と自陣角を打ち、流れを引き寄せる展開に。
一方の▲菅井七段△行方八段戦も中飛車対居飛車の対抗形。初手▲5六歩から中飛車に構えた菅井七段に対して、早々と1筋の位を取り、角道を保留したまま左美濃に囲う行方八段。中央で歩がぶつかったまま駒組みを続ける展開に「お互い相手のやりたいことはやらせない、それが将棋ではいいんですよね」と木村九段。「将棋は相手が嫌がることをするものだけど、実生活ですると友達がいなくなりますよ。山口さんは友達がいますか?」と木村節を炸裂させていました。
そうするうちに▲屋敷九段△久保王将戦が本格的な戦いに。木村九段の予想手が次々とあたり「こんなに当たると私が指したくなりますね」「去年も名古屋対局で解説させてもらったんですけどね、その時には、来年は対局者としてきますといったんですよね」。▲菅井七段△行方八段戦は行方八段が早々と持ち時間を使い切って秒読みに突入し、二局とも終盤戦に。指し手のペースも早くなり、二つの大盤を行き来する木村九段はついには「もう私は真ん中に立ちます」と舞台の中央から左右の大盤を解説するスタイルに。▲屋敷九段△久保王将戦は攻めを見切った久保王将が屋敷九段を即詰みに討ち取り、終局。程なくして▲菅井七段△行方八段戦は行方八段が菅井七段を寄せ切って勝利を収めました。
口頭での感想戦を終え、行方八段と菅井七段が大盤解説会場に登場すると会場からは大きな拍手が。「△5四金で苦しくなりました」▲7七桂に対して「△5六銀が見えてませんでした」と菅井七段。午後に向けた抱負を聞かれた行方七段は「対局を終えたばかりで次の相手がまだわからないんですけど」とぽつり。次戦の相手が久保王将と聞いて「久保さんとは数え切れないほど指してきました。棋士番号も近いです。午後も皆さんにご堪能頂ければと思います」とコメントし、会場を後にしました。続いて久保王将と屋敷九段が解説会場に到着。大盤を使って念入りな感想戦を行なったのち、久保王将が「ベスト4に残れるように頑張ります」と抱負を述べて、午前の部は終了しました。
名古屋対局のお昼、もう一つの注目ポイントはなんといっても名古屋めし!
何週間も前に昼食アンケートがとられ、①八丁味噌トンカツセット(八丁味噌豚カツ・手羽先2本・ミニきしめん・ごはん等)②ジャンボ海老フライセット(ジャンボ海老フライ・手羽先日本・ミニきしめん・ごはん等)③うなぎひつまぶし・お茶漬けセット(うなぎひつまぶし・だし・手羽先2本・ミニきしめん・ご飯等)④名古屋きしめんセット(きしめん・てんむす3個・手羽2本等)から好きなものを選ぶことができました。午前中の勝者である久保王将は名古屋きしめんセット、行方八段はひつまぶし・お茶漬けセットをそれぞれ注文。食後、行方八段はホッとアイマスクをつけて、久保王将は菅井七段と談笑し、お二人ともリラックスしたご様子。
そして午後2時、ベスト4をかけた戦いが始まりました。振り駒の結果、久保王将が先手となり、中飛車対居飛車の対抗形へ。
「今日は全部振り飛車ですね」という木村九段に「今日は中飛車を三局もみられて幸せです」と長谷川女流。
明日の対局者は全員居飛車党という話題で「明日は振り飛車になりそうにないからゴキゲン斜めかな?」とトークを繰り広げていました。解説に藤井聡太七段の師匠である杉本昌隆七段が登場し、木村九段と昨年の朝日杯についてお話。「もう一年になるんですね、早いものですね」と話しているところで木村九段に変わって私、山口が登壇。将棋は行方八段が機敏に動き、7筋に拠点を築いて俗手で攻めていく展開に。△7七桂と打った手に「筋は悪い手なんですけど、狙いははっきりしていますね」と杉本七段。続いて屋敷九段と菅井竜也七段が登壇し、対局の検討をしつつ、話題は午前中の将棋について。「しばらく当たっていないので、久保さんと指したかったんですよー」と菅井七段。さらに「振り飛車党なので、久保さんの方を持ちたくはなりますけどね」とコメント。そうこうするうちに行方八段が久保王将の捌きを封じ、駒を次々に押し込めていく展開に。
大盤解説には再び木村九段が登場し「筋が悪い展開は行方さん持ちだね!」と普段の親交を感じさせる率直な意見を述べ、ほどなく終局。行方八段が勝利を収め、ベスト4進出を決めました。「行方さんの筋を超越した指し回しが見事でしたね」と木村九段。両対局者が大盤解説会場に登場すると会場からは大きな拍手が。
感想戦を行なったのち、次戦以降の抱負を求められると「皆さんの(藤井七段に勝ってほしいという)期待はわかりますけど、誰が来ても...ねぇ...」と行方八段。「前の日に木村くんの顔を見なかったのがよかったかな!」と会場を笑いに包み、1日目は幕を下ろしました。
2日目は小雨。関係者が到着すると、そこには1日目の何倍もの長さの列ができていました。「すごいね」と囁きあいながら、一行は控え室へ。1日目と同様控え室で振り駒をした結果、稲葉八段―藤井七段戦は稲葉八段が、佐藤名人―糸谷八段戦は佐藤名人がそれぞれ先手番となりました。観覧席はチケットが売り切れ超満員。大盤解説会場は増席しても立ち見が出るほどの人の入りで、合わせて450人ほどの来場がありました。
10時になり、対局開始。大盤解説会場では、向かって左側で▲稲葉八段△藤井七段、右側で▲佐藤名人△糸谷八段の対局を、それぞれ長谷川女流、私が聞き手を務めます。おもむろに海老煎餅「ゆかり」をポケットから取り出した木村九段。今回ご協賛頂いた坂角総本舗の商品で、「これをね、入り口で頂いたんですよ」「見せるだけじゃあれなので、これから食べます」とPR。
そしてさっそく解説に。まずは▲稲葉八段△藤井七段戦の解説。角換わりから前例のある進行になり、「二週間くらい前に出た将棋ですね」と木村九段。藤井七段が端から攻めていく新構想を見せると「忙しいのにいつ考えてるんでしょうね、歩きながらかな?」とユーモアを交えつつ解説していきます。そこへ杉本七段が加わり、「一門の研究会で藤井自ら端攻めは有力と語ってましたよ」とコメント。
一方の▲佐藤名人△糸谷八段戦は目にも留まらぬ速さで角換わりに進み、糸谷八段が右玉に構えてから飛車を3筋に転換するという趣向を凝らした展開に。佐藤名人が柔軟に対応し、ペースを握っていきます。モニターに映る対局室の様子を見ながら、「佐藤名人はね、優勢になると髪の毛をくるくるするんですよ」と木村九段。糸谷八段がどう巻き返していくかというところで、解説は▲稲葉八段△藤井七段に移ります。藤井七段の端攻めが炸裂し、もう受けがないという状況に。一気に攻め潰し、稲葉八段が頭を下げました。程なくして両対局者が会場に登場すると、割れんばかりの拍手が送られました。たくさんのカメラが藤井七段に向けられ、午後への抱負を聞かれると「トップ棋士の方と指せるので全力で自分の将棋を指したいと思います」とコメントして会場を後にしました。
そうこうするうちに、▲佐藤名人△糸谷八段戦の雲行きが怪しくなっていきます。怪しい指し回しで時間攻めをしていく糸谷八段が△6七桂と打ち込み、△8四飛と旋回すると「怪しいけど少し佐藤名人が残してますかね」と木村九段。両者秒読みの中「佐藤名人はね、何があっても決して慌てないんですよ」と話していたところ、モニターには佐藤名人が駒を乱してしまう様子が映るという場面も。糸谷八段が劣勢を跳ね返し、逆転勝利を収めました。
両対局者が登壇すると「決め手がわかりませんでした」と佐藤名人。「A級順位戦で大失敗した将棋をアレンジして指して見たんですけどね」と糸谷八段。両対局者が降段したところで「昨日、今日と5局全て後手勝ちですね」「もう先手を譲り合うんじゃないですか」と木村九段。
そして2日目の昼食休憩。勝ち上がった糸谷八段は八丁味噌カツセットを選び「すごいボリュームだね」「手羽先ときしめんを食べたあたりで、野菜まで食べきれないなと思ったよ。トマトを残した。」とニコニコ。藤井七段はジャンボエビフライセットを黙々と口に運んでいました。控え室での振り駒の結果、糸谷八段が先手番となりました。
午後2時、対局開始。大盤解説会場が熱気で溢れ、真夏のような暑さに。ノータイムでの応酬が続き、戦型は角換わりに。糸谷八段が早繰り銀に構えると「棋士には誰しも得意戦法、苦手な戦法というのがありますけども、これは藤井七段があまり得意じゃないだろうと思って選んだ形なんでしょうね」と木村九段。先後同型で糸谷八段が3筋から早く動いていったところで、藤井七段が端に手をつけるという展開に。続いて杉本七段と長谷川女流が登壇し、そこへ佐藤名人と稲葉八段が加わります。
あまりにも早い進行に、解説陣のスケジュールを全て早めることになりました。「普通は無理攻め」と言われていた変化が、検討するにつれて有力という意見に変わっていきます。藤井七段は△8七角と打ち込み、8筋を突破。糸谷八段がノータイムで色々な罠を繰り出していきますが、対応を誤ることなく優勢のまま最終盤へ。そこで解説は木村九段と私に交代しましたが「もう解説することがありません。藤井勝ちです」と木村九段。糸谷八段が下駄を預け、藤井七段が即詰みに討ち取り、二年連続で準決勝進出を決めました。会場からは安堵にも似たため息と大きな拍手が。「藤井七段の今日の将棋を振り返ると、どちらも全くミスがないですね。」と木村九段。「持ち時間があってもなくても、一度良くなれば大丈夫だろうと思っていたので、安心して見ていました。」と杉本七段。
両対局者が登場するとさらに大きな拍手が送られ、会場は今日一番の盛り上がり。藤井七段は「早繰り銀もあるかなと思いながら指していました」と本局を振り返り、「行方八段とは初対戦で、居飛車党の本格派という印象です。思い切りぶつかっていけたらと思います」と次戦への抱負を述べ、拍手に包まれながら会場を後にしました。
2日間に渡って熱気に包まれた朝日杯将棋オープン戦名古屋対局。行方尚史八段と藤井聡太七段がベスト4へと駒を進めました。優勝の栄冠を手にするのは誰なのか?準決勝、そして決勝戦は2月16日(土)に有楽町朝日ホールにて行われます。ぜひお越しください!
ライター山口絵美菜