田丸九段インタビュー(前編)米長永世棋聖の強さを実感した思い出の一局

田丸九段インタビュー(前編)米長永世棋聖の強さを実感した思い出の一局

ライター: 松本哲平  更新: 2017年01月08日

今回は独特の風貌でおなじみ、「突っぱり流」の田丸昇九段にインタビューします。2016年10月に引退され、最後の竜王戦では、新鋭の近藤誠也四段を破ったことが話題になりました。前編では、三段リーグ時代から兄弟子との思い出の一局についてうかがいます。(取材日:2016年11月15日)

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 ――当時は三段リーグが東と西に分かれていて、優勝者が「東西決戦」でひとつの昇段枠を争うという、厳しい制度でした。

「最初の東西決戦は3期目の三段リーグ。このときは勢いで優勝しちゃって。まだ19歳で若かったし、正直言って、東西決戦がどれくらい重要なのか、あまりよくわかってなかった。相手は坪内君(現・利幸八段)で、その将棋は一方的に負けたんです。やっぱり甘さがあってね。坪内君は関西本部の塾生をしていて、四段に上がらなけりゃ塾生もやめられない。真剣度が違ったね」

「それから三段リーグを3期戦ったんだけど、勝ち越しは全然できなくて。当時いろいろと遊んでいて(笑)、自由な青春時代を送ってたんだ。これはいかんということで、ちょっと心を入れ替えて、将棋に打ち込んで。7期目の関東リーグで優勝したんですけど、そのときは決死というか、何が何でも優勝するんだという覚悟だった。このときは11勝1敗で優勝したんだけど、負けても不思議じゃないのが3局くらいありました。必死にやったことはそうなんだけど、運に恵まれたとしか言いようがありませんね」

「東西決戦が忘れもしない、1972年の2月22日。酒井順吉(現七段)と東京でやったんですね。中盤はよかったんだけど、終盤でいつものように悪い手を指して、負け将棋になったんだ。だけど、相手が秒読みに追われて悪手を指して、勝った。このとき負けていたら果たして棋士になれていたかどうか。ちょっと自信ないですね」

 ――思い出の一局には、1992年のA級順位戦、米長邦雄九段(当時)戦を挙げていただきました。米長永世棋聖は佐瀬勇次名誉九段門の同門、田丸九段の兄弟子です。

「いろいろ考えたんだけど、これだね。唯一の自分の実績が、順位戦でA級に入ったことでね。兄弟子とは何度か指しているんだけど、A級順位戦の場で指すというのは、名誉だった


1992年11月20日、第51期順位戦A級5回戦の▲田丸昇八段―△米長邦雄九段戦。図で▲4二銀は△7八と▲4九玉△5九金▲3九玉△2七桂以下の詰み。そこで図で▲3四飛が、この詰み筋を消しながら迫る鋭い一着だ。△同銀は▲4一銀△3三玉▲5三竜以下詰む。よって後手は移動合いしかない。実戦は△3三桂に▲4二銀と詰めろをかけた。しかし、米長九段は△7八と▲4九玉△5七桂▲同金△4八香▲3九玉△2七桂▲4八玉△4七歩成▲同金△5九銀▲3八玉△2六桂▲2七玉△1八馬▲3七玉△3八桂成▲同玉△2七金以下、先手玉を即詰みに討ち取った。移動合いの△3三桂が働いての詰み。手順中△2七金が田丸九段の盲点に入っていた金打ちで、代えて△2八金なら不詰みである。

「ギリギリの勝負に持ち込んだだけで満足だったんだけど、ここで▲3四飛と捨てて、飛車が動くことで△2七桂の筋で詰まない。会心の手で、『勝ったんじゃないか』と思ったんです

「ところが米長さんはノータイムで△3三桂と跳んだんですよ。▲4二銀でほぼ受けなしなんだけど、そこから詰まされちゃったの。難しいというか、すごいわかりづらい順なんだよね。△3三桂と跳ねたから詰むという順。△3三金では詰まない」

すごいのは、△5七桂だけ3分使って、それ以外は全部ノータイム。▲3四飛も読み筋なんですよ。僕は『ギリギリ詰まないんじゃないか』と一手一手考えながら指しているんだけど、やっぱり詰んでいる。米長さんの強さは前から知っていたけど、いやー、やはり違うなと、感服しました」

「米長さんはこの期挑戦者になってね、名人になった。僕はこの将棋に負けた時点で、悔しい気持ちはあったけども、きっと獲るなと、予感したね。兄弟子の強さを実感して、その強さが名人を獲って現実のものになったという、思い出の一局です

後編では、田丸九段の盤外の話についてうかがいます。

松本哲平

ライター松本哲平

2009年、フリーの記者として活動を始める。日本将棋連盟の中継スタッフとして働き、名人戦・順位戦、叡王戦、朝日杯将棋オープン戦、NHK杯戦、女流名人戦で観戦記を執筆。連盟フットサル部では開始5分で息が上がる。

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