ライター直江雨続
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。
ライター: 直江雨続 更新: 2016年12月14日
人気女流棋士の香川愛生女流三段が主演女優を務め、主題歌も担当した映画「女流棋士の春」をご存知ですか? ゲームクリエイター/原作・脚本家のイシイジロウ氏が手がけた初の短編映画であり、2016年12月17日(土)から12月23日(金)の1週間、インディーズ映画の聖地である下北沢トリウッドで、毎日上映されます。
女流王将のタイトルを通算2期獲得したトップ女流棋士で、近年は人狼やゲームなどの分野でもさまざまな活躍をしている香川愛生女流三段がついに映画の世界で主演女優デビュー! その演技と歌には将棋ファンのみならず、映画ファン、ゲームファン、人狼ファンなど、さまざまなジャンルのファンから注目が集まっています。
「女流棋士の春」は将棋に関する映画であり、香川女流三段が演じる主人公の賀川春(かがわはる)にとっての「特別な棋譜」を中心にストーリーが進んでいきます。10年前に、A級棋士だった父親と指した最後の将棋の「棋譜」。やむを得ず対局が指しかけとなり、父親から渡された「封じ手」。心を閉ざし、笑うことができなくなっていた賀川春に、将棋好きで春に憧れる19歳の青年沢田一二三(さわだひふみ)が「目隠し将棋」を挑みます。
今回はこの映画について、将棋を全く知らない方でも楽しんでいただけるように、「棋譜」「封じ手」「目隠し将棋」という3つのキーワード(将棋用語)を中心にご紹介します。
この映画を読み解くキーワードその1は「棋譜」です。
将棋の対局において、先手と後手の指した手を交互に符号で記録したものを棋譜といいます。棋譜さえ残しておけば、その対局を初手から終局まで再現することができるのです。将棋が好きな人にとって、棋譜が特別な意味を持つことがあります。応援している棋士が会心の妙手で勝ったプロ公式戦の棋譜。初めて出場した大会で初めて指した対局の棋譜。憧れの棋士と指した指導対局の棋譜。将棋を教えてくれた父親に、平手の真剣勝負で初めて勝った時の棋譜。
そんな「特別な棋譜」を持っている方は、ぜひこの映画を見に行って欲しいと思います。そして、棋譜とはどんなものかをまだ知らない将棋初心者の方はラッキーです。この映画を見ることで、棋譜が持つ特別な意味にきっと気づくことができるはずです。
自分が指した将棋の棋譜を残すということは、未来の自分に手紙を送るようなものなのです。棋譜さえあれば、何年前の対局であっても再現して振り返ることができます。対局した時のあの気持ちをまたいつでも思い出すことができるのです。それって素敵なことだと思いませんか。
2つ目のキーワードは「目隠し将棋」です。
俳優の澤田拓郎さんが演じる将棋好きの青年沢田一二三が賀川春に「目隠し将棋」を挑んだ場所は二人が通う大学のキャンパスでした。昼休み、ベンチに一人座る春を見かけた一二三は、隣に座ると「お願いします。7六歩」と符号を言い出し、目隠し将棋の対局を申し込んだのです。将棋を知らない人からすると???となりそうですね。さて、それでは「目隠し将棋」とは何かご存知でしょうか?
この写真を見ていただいて分かるように、二人の間には将棋盤も駒もありません。それなのに将棋の対局ができるんです。将棋の指し手はすべて「符号」で表すことができます。例えば「▲7六歩」は先手が81マスの将棋盤の座標のうち、右から7列目、上から6段目の場所に7七の歩を動かした、という意味になります。こうした符号を口頭で言い合い、対局者同士が自分の頭の中の将棋盤でどの駒がどう動いたのかをすべて記憶し、将棋の対局を行うことを「目隠し将棋」あるいは「脳内将棋」などと呼びます。
言うまでもなく、頭の中で81マスの将棋盤のどこにどの駒があるのかを完璧に記憶し、さらにそこからどう指していくかを考えることになるため、高度な記憶力と棋力が必要とされます。かなりの高段者やプロ棋士でなければ、目隠し将棋をすることは困難です。
実際にプロ棋士が脳内将棋をやっている例として、こちらの動画が有名ですので、ご紹介します。【電王戦FINALへの道】#39 稲葉 vs 斎藤 脳内将棋①
プロ棋士の超絶技巧をご覧いただけます。この映画を見に行く前の予習としてぜひ見ていただければと思います。
3つ目のキーワードは「封じ手」です。
現在進行中の竜王戦をはじめ、名人戦、王位戦、王将戦など、二日間にわたって対局を行うタイトル戦では、1日目の終わりに「封じ手」を行います。「封じ手」とは、対局を中断する間に対局者に不公平が生じないように、次に指す手をあらかじめ決めておき、それを紙に書き記すことを言います。そして翌日の対局再開の時に、その封じ手が書かれた紙を開封し、そこに書いてある通りの手を指すのです。
仮に封じ手をしておかなければ、次に指す側の対局者が、翌日までずっと次の手を考えられることになり、有利になってしまうので1日目のうちに指す手を決めてしまうのですね。「女流棋士の春」でも「封じ手」が物語の重要なキーアイテムとして出てきます。それでは、もしも「封じ手」をしたのに、そのあとで対局を再開することができなかったら?
賀川春の父親はA級棋士の賀川貴八段。トップ棋士として対局に忙しい貴は家を留守にすることが多く、特にタイトル戦に出場すると何日も家に帰ってきません。10年前、タイトル戦が始まる日、当時10歳だった春は家を出ようとする父親を引き留めたい一心で対局を挑みます。大好きな父親といつまでも将棋を指し続けたい春に、時間が無くなった貴は「春、封じ手にしていいかな? 続きは帰ってから指そう」と告げ対局を中断します。道中を急いだ貴の車は交通事故に遭い、貴は帰らぬ人となります。
中断したまま、再開する機会がないままの「封じ手」。父親の死を自分のせいだと思いこんだ春は将棋以外のことには心を閉ざし、笑わなくなってしまったのです。沢田一二三が脳内将棋で挑んだ対局の棋譜は、実は春と貴の最後の対局のものでした。「これはお父さんの封じ手......」動揺した春は次の手を指すことができません。そのあとの結末は、ぜひ映画館で見届けてください!
将棋ファンなら思わず二度見してしまうであろう、こちらの画像。映画の中に登場する「将棋世界」の2007年9月号です。表紙を飾っているのは春の父親の賀川貴八段。「将棋世界」は日本将棋連盟発行の月刊誌。その月に行われたタイトル戦の観戦記や棋譜、各棋戦の対局結果などが掲載されており、将棋ファン必携の雑誌です。そんな「将棋世界」はこの映画の中でも極めて重要なアイテムとして登場します。ぜひそのシーンにもご注目ください。
将棋ファン注目の映画「女流棋士の春」とそのストーリーを理解するための3つのキーワードをご紹介しました。いずれも将棋ファンにはおなじみの言葉かもしれませんが、「棋譜」「目隠し将棋」「封じ手」についてあらかじめ知っておいてこの映画を見ると、さらに感動が深まることでしょう。なお、「女流棋士の春」の特報はこちらです。ぜひ動画でもご覧ください。
また、この映画の監督のイシイジロウさんと主演の香川愛生女流三段にインタビューを行いましたので、次回のコラムでご紹介します。映画の誕生秘話や、主題歌も歌った香川女流のコメント、将棋監修の村中秀史六段が完成した映画を見て涙したエピソードなど、ここでしか聞けない話が盛りだくさんです。ぜひご期待ください!
ENIBUゼミナール中間卒業制作作品(担当講師 市井昌秀監督)
フルハイビジョン 25分作品
上映劇場:
インディーズ映画の聖地である下北沢トリウッドで一般上映が決定! 期間は12月17日(土)?12月23日(金)の1週間、1日1回の上映となります。初回上映の12月17日(土)11時半の回は女流棋士の香川愛生さんと監督のイシイジロウさんの舞台挨拶あり。また12月18日(日)11時半の回にも俳優の澤田拓郎さんと監督のイシイジロウさんが舞台挨拶あり。全上映日予約は10/23(日)の15時より受付開始。電話受付のみとなります。詳細は下北沢トリウッドのHPの指定席ページをご覧ください。
12月17日(土)11時半 ※舞台挨拶あり
12月18日(日)11時半 ※舞台挨拶あり
12月19日(月)20時
12月21日(水)20時
12月22日(木)20時
12月23日(金・祝)20時
タイトル:『女流棋士の春』The Arrival of Spring for A Shogi Girl
主演:香川愛生
キャスト:澤田拓郎 安西崇 真山勇樹 初美メアリ 門倉啓太 桜庭未那 溝口謙吾
脚本・監督・編集:イシイジロウ
ライター直江雨続