ライター前田祐司九段
『前田九段の毒にも薬にも......』その1「御蔵島」
ライター: 前田祐司九段 更新: 2026年01月11日
将棋盤の素材で高級品というのは、「榧」(かや)の木で作られた物とされています。榧の木の産地は各地にありますが、中でも宮崎県日向産の榧の木が、最高級品とされています。では、"駒"の方のそれはどうでしょう? 答えは「黄楊」(つげ)の木となります。これも産地は多くありますが、通称「島黄楊」(しまつげ)と呼ばれる伊豆七島の御蔵島産の黄楊が最高級品とされています。
ということで、今回は「駒」にまつわるお話です。
昭和61年(1986年)ごろ、黄楊の木で作った将棋の駒がなくなるとの噂がまことしやかに流れたことがあります。その理由は、(確か)黄楊の木の自生数が減っており、入手が困難になるということだったと思います。それで、"そりゃ~テ~ヘンだ!"となったはずです。当時は、日本が空前の好景気に湧いていた時代。将棋の駒に限らず、高級品と名の付く物が飛ぶように売れていた時代です。
噂は直ぐに大山康晴十五世名人の耳にも届きました。大山名人は好奇心旺盛の人。早速、事の真偽を確かめるため、昭和62年(1987年)5月、一泊二日の強行日程で、黄楊の産地である御蔵島へ行くことにしたのです。今でこそ御蔵島は、イルカ観光などで賑わいをみせる観光地として有名になっていますが、当時は島内に民宿が一軒だけの静かな所でした。
島へのアクセスは、羽田空港からプロペラ機(YS11)でまず三宅島に行き、そこからは特別にチャーターしたクルーザーで向かうルート。通常、三宅島から御蔵島までは定期船で行くようですが、それは1週間に1便しか出ておらず、大山名人の(仕事の都合など)日程が合わず、特別にチャーターするしかなかったのです。
さて、その参加者ですが、"物好きな御一行様"は全員で13名になりました(本当はもっと希望者はいたのですが、宿泊施設のキャパの問題でこの人数に)。関係者以外が同行するのは、大山名人が、(ついでに)「ファンとの交流会も兼ねましょう」と考えたからで、顔見知りの愛棋家の方々を募ったため膨らんだのです(愛棋家の皆さんは、大山名人と一緒に旅行するのがいつも楽しみなんです)。将棋連盟からは大山名人以下、将棋連盟販売部の職員さん(将棋連盟は盤・駒の販売を行っているため、現地の視察が目的)と、なぜか私が同行することとなりました。
1週間前に渡された当日の日程表を見ると、飛行機で三宅島に着いた後、チャーター船の出発まで2時間ほどの待ち時間がありました。羽田を出発前、私の以前からの顔見知り、また、気の合う参加者から、「前田さん、三宅島では待ち時間が2時間あるから、どうです、ちょいと一杯?」と言われていました。棋士という商売は、"第一にファン"あってのこと。当然、私は(ホ・ン・トは呑みたくないンですが、ファンから誘われたのではネェ~)断るわけにはいきません。「誠にもってご配慮あるお気遣い。敬服仕(つかまつ)ってござるでゴンス。どうか殿におかれましては、よきにお取り計らいいただけますよう、お願い申し上げるでアリンス。できれば、大きめのグイ吞みで」と返事をしたのは言うまでもありません。それが棋士の礼儀というものですからネ。ところが......。
三宅島に降り立つと、『歓迎・大山康晴十五世名人御一行様』の横断幕が見えるではありませんか! そして、地元の中学生の女の子から大山名人に、花束の贈呈式まで行われることになったのです。いつの間にか情報が漏れた? あるいは誰かが流した......? どこかから「大山名人・三宅島に来る!」という話を聞き付けた地元の有力者が、せっかく有名な大山名人がお越しくださるなら、地元の中学校で講演をお願いしようではないかいナ?」という話が、急遽、決まったようなのです。
"2時間の待ち時間の間に、お酒を呑んでファンと親交を深め、将棋界発展の一助に!"という、私の真摯、かつ切なる願いは"海の泡"と消え去ったのでありました(大山名人がお仕事をされているとき、我々だけで一杯吞んで、盛り上がる訳にはいかないですからネェ~)。トホホホホ~。
というようなことがあった後、我々は無事、御蔵島に到着したのであります(ここでは当日、地元の人との懇親会がありました)。 その翌日、地元の人から島内を案内していだくと同時に、黄楊の木のレクチャーを受けました。
まず、問題の黄楊の木ですが、なくなるどころか島中が黄楊の木"だらけ"でした。♪右を向いても~、左を見ても~#黄楊の木ばかり。天地を含め、四方八方、至る処、黄楊の木バッカなのです。地元の人の話によると、「黄楊の木の用途は、櫛か将棋の駒を作るしかない」とのこと。つまり、需要としては高が知れているということ。「であるからによって、黄楊の木がなくなることは、半永久的にありえまヘン」とのお話でした。また、(当時の)追加の話として、「最近、黄楊の木で作られた櫛は、まぁ~ほとんど見ませんネ」ともおっしゃっておりました。そういえば、私が最後に見た黄楊の櫛は、♪明けの鐘 ゴンと鳴るころ 三日月形の 櫛が落ちてる 四畳半# と、浮名を流していたころだったかしらン?? 以来、黄楊の木で作った櫛は、トンとお目にかかったことはないナァ~、な~んてネ、こんなこと言ってみたいなホトトギスでありますが......。
ちなみに、黄楊の木の大きさですが、私の見たものは人間の背丈ほどのものが多く、それを超えたとしても、せいぜい2メートルちょいくらいの大きさでした(黄楊の木の高さは、通常、1~3メートルだそうです)。

御蔵島の植林された黄楊(将棋世界平成15年8月号[撮影:河合邦彦]より。
ただ、あらためて黄楊の木を見てみると、それまで気にならなかったものが目に入ってきたのです。それは、まったく予想もしなかった驚きと言えました。
「〇〇碁盤店・売約済み」
この札が、ほとんどの黄楊の木にブラ下がっていたのです。
実はこれが"噂の正体"。「黄楊の木が手に入らなくなる」との噂は"噂"ではなく、ある意味で"本当"だったと言えるでしょう。それは、資源が枯渇するという理由ではなく、御蔵島にある黄楊の木のほとんどが、「ご売約済み」ということで、"新規に買おうとしてもできない""既得権のある物流ルートからでしか入手できない"という意味だったのですネ。
なんともハヤでありまして、木が黄楊(つげ)だけに、"ツレない気(木)"なのでした。ジャンジャン。











