ライター渡部壮大
将棋の月刊誌、週刊紙、書籍などの編集部に在籍経験あり。
アマチュア大会の最高成績は全国ベスト16だが、もう少し上に行けないかと日々努力中。
ライター: 渡部壮大 更新: 2024年08月01日
藤井聡太棋聖への挑戦権を決めるヒューリック杯第95期棋聖戦挑戦者決定戦は佐藤天彦九段と山崎隆之八段の組み合わせとなった。ともに久しぶりのタイトル挑戦権を懸けた大一番だ。
手厚い居飛車党だった佐藤だが、この一年ですっかり振り飛車党に転向しており、この日は向かい飛車へ。山崎は独特の駒組から類例のない力勝負になった。難解な中盤戦からうまくさばいて佐藤がペースをつかむが、山崎も持ち前の逆転術でチャンスを窺う。形勢は二転三転して秒読みの終盤勝負となった。
【第1図は▲6三桂成まで】
図の▲6三桂成は竜取りにもなっており部分的には厳しい攻めだが、この瞬間は後手が金得している。△4九竜▲同銀△6三銀▲同馬△4二金打が冷静な受けで、これで先手の攻めは届かない。▲7三馬と撤退するのではつらく、△4七香から後手が着実に攻めをつないで寄せ切った。 山崎は2009年の王座戦五番勝負以来、実に15年ぶりのタイトル挑戦だ。対する藤井は自身初の永世称号の懸かる防衛戦となる。
写真:紋蛇
第1局は千葉県木更津市「龍宮城スパホテル三日月」にて。相掛かりから山崎の駒組に的確に対応した藤井が作戦勝ちに。
【第2図は▲6八玉まで】
後手は堅陣に囲っており、飛車先も交換しており模様の良さは明らかだ。それをどう具体的なリードにつなげるか。△3五歩▲同歩△3四歩の継ぎ歩が巧みな手作り。先手陣が整う前に戦いを起こしてしまおうとしている。以下▲3四同歩△同銀左▲2九飛に△6三角と打ち、局面が収まらなくなった。こうなっては陣形の差が大きく、攻めをつないだ後手が制勝している。
写真:牛蒡
第2局は新潟県新潟市「高志の宿 高島屋」にて。山崎は意表の向かい飛車を採用するが、藤井は陣形をまとめてうまく戦いを起こしてペースをつかんだ。
【第3図は△6四角まで】
後手は何とか先手の攻めを止めようとしているが、ここからの手順が見事だった。▲5五歩△同角▲5六金△7七角成▲同桂△4七銀で両取りを掛けさせ、▲5五桂がうまい切り返し。薄くなったとはいえそれでも後手玉よりは堅く、決戦に持ち込めば先手に分がある。以下△5五同歩▲同金△3八銀不成▲6四歩△5二銀右▲5四歩から押しつぶして、先手の攻め合い勝ちの様相だ。強い踏み込みで藤井が2連勝。
写真:琵琶
第3局は愛知県名古屋市「亀岳林 万松寺」にて。相掛かりから飛車角銀が総交換になって一気の終盤戦へ。
【第4図は▲4八金まで】
ここで△7七歩が急所の一撃。▲同玉は△7三飛があるし、他の駒で取るのは7筋が壁になってしまう。実戦は▲7一飛△4二玉として7筋に利かしてから▲7七玉と払ったが、今度は△8二銀が生じた。▲8一飛成△8三銀で次は△6五歩が残るため、後手に好調な寄せが続き、以下は落ち着いて先手玉を受けなしに追い込んでいった。
写真:武蔵
藤井は3連勝で防衛。5連覇で永世棋聖の資格を得た。中原誠十六世名人の持っていた最年少永世資格の記録も更新。その記録は棋聖戦が年2回開催だった時代のもので、現状の制度で更新したのはさすがの一言だ。腕力と逆転術が持ち味の山崎だが、今回のシリーズでは藤井の正確無比な指し回しの前にチャンスを作らせてもらえなかった。
ライター渡部壮大