43歳「生涯青春」山崎隆之八段の挑戦 ーヒューリック杯第95期棋聖戦五番勝負展望ー

43歳「生涯青春」山崎隆之八段の挑戦 ーヒューリック杯第95期棋聖戦五番勝負展望ー

ライター: 田名後健吾  更新: 2024年06月05日

藤井聡太棋聖に山崎隆之八段が挑戦する、ヒューリック杯第95期棋聖戦五番勝負が、6月6日に千葉県木更津市「龍宮城スパホテル三日月」で行われる第1局からいよいよ開幕する。主に挑戦者にスポットを当ててシリーズの見どころを紹介する。

◎藤井棋聖の「永世棋聖」なるか

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藤井棋聖は、自身初タイトルとなった第91期(2020年)で棋聖を獲得して以来、すでに4連覇。今シリーズは、史上6人目の「永世棋聖」資格獲得が懸かる節目の防衛戦となる。歴代の永世棋聖獲得者は、獲得年順に下記の通り。※筆者調べ

【棋 士 名】達成年・月・日/年齢
【大山康晴】1965・1・11/41歳9ヵ月
【中原誠】 1971・8・3/23歳10ヵ月
【米長邦雄】1985・1・31/41歳7ヵ月
【羽生善治】1995・7・8/24歳9ヵ月
【佐藤康光】2006・7・5/36歳9ヵ月

永世棋聖は通算5期獲得が条件。現在21歳の藤井棋聖がこのシリーズで達成すれば、もちろん史上最年少記録だ。

◎絶好調の山崎八段

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写真:紋蛇

挑戦者の山崎八段は、第57期王座戦五番勝負(2009年)以来、実に15年振り2度目のタイトル戦出場となる。当時28歳だった山崎八段も43歳。さすがのファンも、どのくらい予想できただろうか。うれしい悲鳴が聞こえてくるようだ。
A級を1期で陥落して不本意な1年に終わった前期とは打って変わって、今期の山崎八段はスタートから7連勝(勝率1.00)と絶好調ぶりを見せている。※6月5日時点
棋聖戦は2次予選からの出場で、北浜健介八段→糸谷哲郎八段→松尾歩八段を破って枠抜けすると、決勝トーナメントでは、森内俊之九段→渡辺明九段→永瀬拓矢九段→佐藤天彦九段と、元タイトルホルダーをことごとく破っての挑戦権獲得は圧巻の一言だ。
山崎八段は、さらに竜王戦でも1組優勝を果たし、挑戦者決定トーナメント進出を決めている。この好調ぶりを、自身はどう捉えているのだろうか。本人にメールで伺ったところ「残留争いのA級順位戦では、集中して練習し、状態の改善に努めたつもりでしたが、頑張ったとはいえない結果になりました。このままでは落ちていくだけだと、いろいろ試したり実戦練習を増やして足掻こうと下を向いていただけに、今の成績は自分でも不思議に思います。好調の要因ですか? 危機感と、2月あたりからこれまで指していない若い方々にもたくさん教わって刺激をもらえたのも大きいかもしれないですね」と自己分析してくれた。調子がよいと思っているわけでもなさそうで、「うっかりもしますが、たまたま致命傷にならない運のよさがあった」と言う。
師匠の森信雄七段が「よく粘って勝っているね」と感心していたことを伝えると、「(以前の自分は)負けを素直に受け入れがちだったので、(苦戦でも)抗わなければいけないと気を付けている」との返答だった。確かに決勝トーナメントの将棋を見てみると、苦しい局面を粘りに粘っての逆転勝ちが目立つ。よい意味での諦めの悪さが奏功しているようだ。

◎天才vs奇才の五番勝負

山崎八段の将棋は、プロ棋士からもよく「自由」とか「独創的」と表現される。昔から人真似を嫌い、我が道を貫いている。藤井棋聖が「天才」なら、山崎八段は「奇才」と呼ぶべきか。
『将棋世界』7月号(絶賛発売中!)のインタビュー「直観と逆転術」で山崎八段は「(自分は)形勢が悪いと認めてからのほうがまともな手を指せる」「優勢や互角の場面で少ない正解手を探しているときより、迷いなく指せる」と語っている。自分を極限まで追い込むことで潜在力を発揮できるのだろう。
藤井棋聖との過去の対戦は、1勝1敗。
・第60期王位戦 予選/2018年9月14日/角換わりその他/山崎勝ち
・第34期竜王戦 決勝トーナメント/2021年7月10日/相掛かり/藤井勝ち
データが少なすぎて何ともいえないが、山崎八段が勝った将棋は後手番ながら積極的に攻め、藤井陣の飛車・角を封じ込んで上部から押しつぶした完勝譜であった。
藤井棋聖はタイトル戦で多くの経験を十分に積んできたが、これまでの相手は最新形で真正面から勝負を挑む棋士ばかりだった。山崎八段のように変化球を投げる力戦タイプは経験値が足りない。何しろ決勝トーナメントでタイトル経験者たちに力で競り勝ってきた山崎八段だけに、未知の将棋から中終盤のねじり合いに持ち込まれると、いかに藤井棋聖といえどもやりにくい相手ではないだろうか。
戦型は、山崎八段が多用している相掛かりが中心か。それに藤井棋聖の意向で角換わりが加わるかのシリーズになると予想する。
藤井棋聖としては、渡辺明九段との王位戦七番勝負が始まるので、短期決着を狙いたいところ。山崎八段はなんとか長期戦に持ち込んで、世代の近い渡辺九段との連合軍で攻略したいと考えているかもしれない。「ファンの方々から『淡路島(第4局)に応援に行きたい』という声を聞いているので、五番勝負の最後までいきたい」と抱負を語ってくれた。

◎座右の銘に込めた思い

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去るゴールデンウィークの5月4日。関西将棋会館近くの「ホテル阪神」にて、毎年恒例の『森信雄一門祝賀会2024』が開かれ、筆者も客の一人として出席した。
昼間の指導対局会場では、受付のあたりに人だかりができていたので覗いてみると、事前予約者限定「一門棋士の揮毫入り1寸将棋盤」が販売されていた。森師匠の「対局観」を始め、糸谷哲郎八段の「創造」や澤田真吾七段の「堅忍」、千田翔太八段の「遊神」など一門棋士の書がずらりと並ぶ。マイナビ女子オープン挑戦中だった大島綾華女流二段は、「書き順忘れちゃった」と言いながらその場で「闘志」と揮毫して小学生ファンに手渡していた。
一番人気はやはり山崎八段で、1面2万円ながら用意されていた数面が真っ先に売れてしまった。揮毫した言葉は「独往(どくおう)」「不抜之志(ふばつのこころざし)」「生涯青春」の3種類。それぞれの言葉に込めた思いを聞いてみると、次のような説明があった。
・独往「諦めない。足掻く」
・不抜之志「自主的に進んでいく」
・生涯青春「原田泰夫先生(九段=故人)が昔『将棋世界』の連載で書かれていたのを拝見し、素敵な言葉だなと思っていました。自分も体の衰えを感じる年齢になり、元気が出る気がして真似して書きました」
どの座右の銘も、いまの山崎八段の心情を表しているが、やはり「生涯青春」に目が行く。自身は43歳という年齢をどう感じているのか。
「30代の後半から、記憶の間違いやうっかりが増えてきた自覚はありましたが、43歳になってよりそれを厳しく感じています。1年を無事に過ごせたら、それだけでありがたい気落ちになりますし、先は厳しいなと感じる年齢でもあります」
17歳で颯爽とデビューした山崎八段の歩みを見てきた筆者には、時の流れの速さを感じずにはいられなかった。

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◎悲しみの果てに

夜のパーティーでは、弟子の磯谷祐維女流初段(LPSA所属)の紹介にとどめて棋聖戦挑戦についてスピーチすることはなかったが、その代わりにサプライズを用意していた。マイクを持ってステージに上った山崎八段が、エレファントカシマシの名曲「悲しみの果て」をフルコーラスで熱唱したのである。歌声を聴かせられないのが残念だが、写真で想像していただければと思う。
この選曲については「棋聖戦に向けての研究を優先したので、ギリギリまで何を歌うかは決めていませんでしたが、皆さんが知っていて自分も歌詞が好きな曲ということで、エレファントカシマシの『悲しみの果て』と『風に吹かれて』に絞りました。最終的に、元気かつテンション高めで、短いのが決め手で『悲しみの果て』にしました」と説明してくれたが、歌詞にどうしても山崎八段の心情を重ね合わせてしまうのは、深読みし過ぎだろうか。
「最後の大舞台の思いで指す」とスポーツ紙で語っていた山崎八段。彼の悲しみの果てには、何が待っているのだろうか。
いろんな面で楽しみたいシリーズである。

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写真:田名後健吾

田名後健吾

ライター田名後健吾

1997年、日本将棋連盟入社。機関誌『将棋世界』編集部に配属される。2007年より同誌編集長となり、株式会社マイナビ出版移籍後の2023年6月まで16年間務める。同年7月より、同誌編集と並行してフリーランス活動もスタート。

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