小林一門感謝の会 「我が一門からタイトルホルダーを」 小林健二九段の願い

小林一門感謝の会 「我が一門からタイトルホルダーを」 小林健二九段の願い

ライター: 田名後健吾  更新: 2024年05月15日

 2022年3月31日で現役を引退した小林健二九段の一門からは、ここ数年、多くの棋士・女流棋士が巣立っています。新しく棋士になった弟子を、日頃からお世話になっている人たちにお披露目し、感謝を述べることを目的とした「小林一門感謝の会」が、ゴールデンウィークの4月29日、大阪市「ヒルトン大阪」で盛大に開かれました。
 2017年10月にデビューした古森悠太五段と2018年4月にデビューした池永天志六段を祝福して以降、一門からは、冨田誠也五段(2020年10月1日四段)・井田明宏四段(2021年4月1日四段)・徳田拳士四段(2022年4月1日四段)・木村朱里女流初段(2022年6月1日女流2級)・森本才跳四段(2023年4月1日)が誕生しましたが、2020年のコロナ禍によって、お祝いの会はずっと見送られていました。
 しかし、昨年の5月に2類から5類に引き下げられたことでようやく計画が再開され、1年がかりで準備を重ねてようやく開催の運びとなりました。当日の模様をレポートいたします。

地道な普及活動の成果

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辰巳憲章 香港支部長

 一般公募のないパーティーにもかかわらず、150人の来賓者を集めました。
 小林九段は現役時代、「スーパー四間飛車」を掲げてA級棋士になるなどプレイヤーとしても活躍した棋士ですが、一方で理事職も長く務め、将棋普及にも精力的に取り組んできました。それは国内にとどまらず、中国の香港・深セン(手偏に川)・広州や、シンガポール、ベトナムなど東南アジアにまで及んでいます。
 昨年の棋聖戦では、ベトナム・ダナンでのタイトル戦を実現。そういった長年の普及活動が評価され、小林九段は今年4月の将棋大賞で「東京将棋記者会賞」を受賞しました。
 会場には、愛知県・岐阜県・三重県・滋賀県の日本将棋連盟支部連合会の会長や多くの支部長が出席。また小林九段の故郷・香川県からも、支部連合会事務局長の小倉さんはじめ多数の方々が出席しました。さらに中国の香港支部から辰巳憲章支部長も駆け付け、小林九段の幅広い普及活動ぶりがうかがえました。
 辰巳支部長は「小林九段には30年以上にわたってお世話になりました。当初は数人でスタートした香港将棋部が正式に香港支部になり、これまで40名を超える会員を作っていただいたことは、感謝にたえません」と述べました。2018年に多くのスポンサーを得て、香港・広州・深センで開催された将棋祭りは大成功を収めたそうで、小林九段の地道な活動が花開いた結果といえます。

タイトル戦の翌日にテレビ棋戦の収録へ!?

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谷川浩司十七世名人

 来賓棋士を代表して挨拶に立った谷川浩司十七世名人は、小林九段とは奨励会時代から50年以上の付き合い。思い出はたくさんあるようですが、1995年に二人で決勝戦を戦った第28回早指し選手権(テレビ東京=終了棋戦)のエピソードを話しました。
 谷川「小林さんは当時37歳。決勝戦の収録は2月でしたが、その3週間前の1月14日に準決勝2局の収録が東京であり、小林さんは佐藤康光さんと、私は羽生さんと対戦しました。実はこの前日、私は羽生さんと彦根市で王将戦のタイトル戦を戦っていて、小林九段も解説役で現地に来ておられたのです。タイトル戦の翌朝に小林さんが先に彦根を出て、私と羽生さんも後を追って東京へ向かうという相当なハードスケジュールでしたが、準決勝の結果、私と小林さんとの決勝ということになりました。2日連続で羽生さんに勝った私は、これなら優勝できるかもと思っていたのですが、振り飛車党へ華麗な転身をされていた小林さんの立石流四間飛車に完敗を喫しました(苦笑)」

日本の競馬と将棋を世界へ!?

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矢作芳人調教師

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川島信二騎手(左)と古川奈穂騎手(右)

 乾杯の音頭は、JRA(日本中央競馬会)のレジェンド〈帽子の男〉として世界で活躍している矢作芳人調教師が取りました。小林九段とは飲み友達だそうです。
 矢作「私も調教師という立場で弟子を育てています。棋士と騎手の違いはありますが、弟子を育てるのというのは周囲に気を使うしお金もかかるしとても大変です。でも、それも競馬界・将棋界の発展のため。この一語に尽きると思います。自分は日本の競馬を世界一にしたいという思いで仕事をしておりますが、小林先生も将棋を世界に広めたいと頑張っておられる」とお互いの立場の共通点を挙げ、激励しました。競馬界からは、女性騎手の古川奈穂さんと、2月に騎手を引退した川島信二さんも出席していました。

【亡き師匠から小林一門への贈り物】
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板谷達男さん

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美水作の盛上駒(贈呈品と同等の物)

 小林九段の師匠は、故・板谷進九段。A級棋士にもなった名棋士で、中京の将棋普及にも情熱を燃やした熱血漢でしたが、1988年2月に47歳の若さで急逝しました。
 小林九段は修業時代に板谷師匠の自宅に内弟子をしていた時期があり、当時15歳だった小林九段を兄のように慕っていた小学生がいました。それが板谷九段の長男の達男さんで、この日、奥様と息子さんを伴ってこのパーティーに出席していました。筆者と同じテーブルだったので、少しお話をお聞きしました。
「小林さんは幼い私を可愛がってくれて優しかったですね。私は『ケン兄さん』と呼んでいました。父は対局や仕事で忙しく飛び回っていたので家にいることはあまりありませんでした。私が大学生の時に亡くなりました」
 生前の板谷九段は、将棋盤と駒の収集家でもありました。達男さんはこのパーティーに際し、亡き父の膨大なコレクションの中から、盛上駒(美水作)6組を若手棋士たちに贈呈しました。

同門でもライバル!?

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杉本昌隆八段

 小林九段とは板谷一門の弟弟子にあたる杉本八段も挨拶を述べました。
 杉本「板谷師匠が亡くなってから、小林先生には第2の師匠のように接していただいて、お世話になりました。私と藤井が初めて公式戦で師弟対局(2018年3月・王将戦)をしたときのことですが、小林先生が関西本部の対局立会人で、記録係は当時三段だった池永五段でした。対局が終わった後、小林先生のおごりで4人で食事をしたのが思い出として残っています。小林九段は棋士が8人、女流棋士が3人と多くの弟子を育てられ、私はとてもうらやましく思っているのですが、小林先生からは『いやいや君のほうがうらやましいよ』と言われます(笑)」

弟子一同から師匠への贈り物

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目隠しペア将棋の様子(左から)冨田五段、木村朱里女流初段、井田五段、森本四段

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池永六段の挨拶

 一門の若手棋士たちによる目隠しペア将棋の余興で盛り上がり、宴もたけなわとなりました。一門を代表して池永六段が、お客さんに向けてお礼の挨拶をしました。
 池永「コロナ禍以降に棋士・女流棋士が5人誕生しましたが、なかなかこうしたお祝いができなくて、師匠のもどかしい気持ちが私から見てもすごく感じられることがありました。その鬱憤を晴らすわけではないですけど、こうして盛大に会を開くことができたことを嬉しく思っています。師匠は引退されてからのほうが忙しいようで、弟子たちにも頻繁にLINEが届きます(笑)。日本全国を飛び回り、海外にもいかれて忙しい。昨年にベトナムで行われた棋聖戦ではしっかり立会人をされていました。自分にはないアクティブさはすごいなと思いますし、まだまだ元気でいていただきたいと思っています」

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 弟子一同からのプレゼントが、冨田五段の手によって贈られました。中身が何なのかはその場では明かされませんでしたが、後日に小林九段にお聞きしたところ、旅行券だったと教えてくれました。47年の現役生活への労いと、自分たちをプロ棋士として立派に育ててくれた感謝の気持ちが込められていました。
最後に小林九段が出席者に向けて挨拶し、会はお開きとなりました。
 小林「コロナ以降の弟子たちのお祝いができず、つらい思いをしていましたが、今日こうして皆様に感謝の場を迎えたことを心から嬉しく思います。私自身は2年前に引退しましたが、まだまだこれから伝えていきたいことがあります。この半世紀、将棋界でお世話になったことを、これから恩返ししていきたいという思いがあります。そしてなりよりうちの弟子たち。たくさんいますけど・・・・・・正直言いますが、井上慶太一門や森信雄一門、所司和晴一門にはすごい人がいっぱいますし、弟弟子の杉本君の所にももっとスゴイ人がいます。それに比べたら、うちの弟子はまだまだ駆け出しですが、伸びしろはあるんじゃないかと師匠は勝手に期待しています。これから彼らが頑張ってくれることを本当に夢見ていますし、それまではもうちょっと私も頑張っていこうかなと思っています。これらからも皆さん、叱咤激励をいただきたいと思います。ありがとうございました」

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小林一門の名前がそろった記念扇子(非売品)

撮影:田名後健吾

田名後健吾

ライター田名後健吾

1997年、日本将棋連盟入社。機関誌『将棋世界』編集部に配属される。2007年より同誌編集長となり、株式会社マイナビ出版移籍後の2023年6月まで16年間務める。同年7月より、同誌編集と並行してフリーランス活動もスタート。

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