ライター相崎修司
同学年の2人が再びの邂逅、第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負展望
ライター: 相崎修司 更新: 2024年01月31日
第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負が2月4日(日)に、富山県魚津市の「新川文化ホール」で開幕する。棋王位を含め八大タイトルを独占中の藤井聡太棋王に対する挑戦権を獲得したのは伊藤匠七段だ。同学年である両者のタイトル戦は昨年末に行われた第36期竜王戦以来の2度目となる。竜王戦では藤井が4勝0敗で挑戦者を退け、またこれまでの両者の対戦成績も藤井の6勝0敗と、データ上では棋王が圧倒しているようだが、一局一局を見るとスレスレの攻防が続いている。第1図は前期棋王戦での藤井―伊藤戦。決勝トーナメントで両者ともに準決勝で敗れ、敗者復活戦にてぶつかった時のものである。
【第1図は△9四歩まで】
ここでは先手玉に△6八歩成以下の詰めろが掛かっている。しかし▲9四同歩と単純に応じるのは△9五歩と上部脱出を阻止されて受けが難しい。実戦はここから▲8四銀△6八歩成▲9六玉△9五歩▲同銀△8七竜▲8五玉△7六竜▲8四玉△6五竜▲9三歩と進んでいる。手順中の△8七竜に▲同玉は△9五香で受けが難しく、そして後手玉には有効な王手が掛からない。本譜の順も危なく見えるが、▲9三歩の局面はきわどく先手玉が逃げ切っている。この後も伊藤の頑張りを振り切って本局を制した藤井は挑戦権を獲得し、渡辺明棋王(当時)に挑戦を決めた。
【第2図は▲8八玉まで】
第2図は前期棋王戦の第4局。ここでの△5四桂が味の良い手である。20手以上前に打った受けの桂馬が攻め駒に転じた。以下▲4五桂△5一飛▲6四馬△2二玉▲5五銀△6六桂▲3三桂成△同桂▲6六銀△同角▲7七桂△7五桂と進んで後手勝勢になった。▲7五同歩と取れば7六の地点が空くので△7六歩や△7六銀が痛く、またこのまま放置するのはもちろんこの桂馬が大きな攻めの拠点として残る。桂馬をうまく活用した藤井が棋王奪取を果たし、同時に六冠となった。それから各タイトルを防衛しつつ、名人と王座を奪取して史上初の八冠独占を果たしたのは周知の事実である。
写真:中野伴水
八冠王に初めてタイトル戦でぶつかったのが伊藤だ。上記の通り竜王戦ではストレート負けを喫したが、棋王戦では2期連続のベスト4進出。準決勝では広瀬章人九段に敗れるも、敗者復活戦では豊島将之九段と本田奎六段を連破し、挑戦者決定戦へ進出する。敗者復活組は2連勝が求められる変則二番勝負の挑戦者決定戦では広瀬九段にリベンジを果たして、初の棋王挑戦を決めた。
【第3図は△5四歩まで】
第3図は筆者が観戦を担当した挑戦者決定戦第2局から。ここで伊藤は▲6八玉と寄る。以下の進行は△5五歩▲5八金△7四歩▲7九玉△7三桂▲8六銀△6三金▲4七銀。形勢に差がついているわけではないが、以下の進行で後手は居玉のまま動かざるを得ない展開になった。「玉を左に持っていったのが柔軟でした。固められると実戦的にもきつかったです」と広瀬は振り返っている。結果的には第3図の数手前に後手は修正する必要があったとされた。本局は後手の無理気味な動きを的確にとがめて反撃を決めた伊藤が勝利し、棋王挑戦を決めた。
写真:琵琶
かくして今期の棋王戦五番勝負は両者21歳というフレッシュな対戦となった。同学年に八冠王がいるのでかすんでしまう面があるのは否めないが、21歳でタイトル戦に2回以上出場を果たした経験がある棋士は藤井と伊藤の他に、中原誠十六世名人、羽生善治九段、屋敷伸之九段、郷田真隆九段、渡辺明九段しかいない。こう考えると伊藤も将来の大棋士となる可能性は十分にある。
そのためには同学年の大敵を何としても負かす必要がある。伊藤は挑決第2局における勝因の1つに「こういった将棋は指し手を先まで深く読むというよりも、どのような陣形が相対的に優れているかといった感覚的な要素が重要な将棋だと思うので、自分にも合っていたのかなと思います」と語っている。振り返ってみると直近の竜王戦では初のタイトル戦で自らの力を図るという部分もあったか、挑戦者として真っ向からぶつかり過ぎたようにも思える。今回の五番勝負では自らの感覚を生かす展開にできるかどうかというのが一つのカギになるのではないだろうか。