渡辺王将の防衛か永瀬王座が奪取か 第70期王将戦七番勝負展望

渡辺王将の防衛か永瀬王座が奪取か 第70期王将戦七番勝負展望

ライター: 若葉  更新: 2021年01月09日

 激動の2020年が終わり、新年を迎えた将棋界。正月気分もそこそこに、年頭を飾る第70期王将戦七番勝負が開幕する。渡辺明王将が迎え撃つのは永瀬拓矢王座。将棋界の覇権を争う両雄が、2021年最初のタイトルを懸けて新春から火花を散らす。

挑戦者 永瀬拓矢王座

 初タイトルから1年8カ月。永瀬はいまトップ棋士として充実の時を過ごしている。挑戦者決定戦に進出した王位戦と棋聖戦をはじめ、2020年度はあらゆる棋戦で活躍。対局数ランキングは2位に10局近い差をつけてトップを独走中だ。叡王を失冠したものの、並行して行われた王座戦で虎の子のタイトルを死守した。王将戦は3つ目の番勝負になる。
永瀬の将棋は強靭な受けと息の長さで知られる。勝負を急がない落ち着いた指し回しは、大山康晴十五世名人を彷彿とさせるものだ。永瀬がまだプロ2年目の四段だったころ、タイトル戦の控室で有吉道夫九段と練習将棋を指したことがあった。有吉九段は大山十五世名人の一番弟子。その有吉九段がしきりに「大山流か......」とつぶやいていたのが何とも印象深かった。
近年の永瀬は持ち味の受けに頼るだけでなく、積極的に踏み込む姿勢も打ち出している。

【第1図は▲5八銀まで】

 図は王将戦挑戦者決定リーグ1回戦▲佐藤天彦九段-△永瀬戦の最終盤で、先手が竜取りに当てて▲5八銀と手を入れたところ。形勢は後手がリードしており、どう勝ちきるかという局面だ。△1九竜と逃げて玉の安全を確保するのも実戦的だが、永瀬はここで△8六歩と踏み込んだ。攻守に働く竜を見切って最短の寄せを目指す鋭手。▲5九銀は△8七歩成▲同玉△7九角が詰めろで、後手の一手勝ちがはっきりする。本譜は▲同金と辛抱したが、畳みかけるように△7七銀と放り込んだのが最後の決め手。▲同桂に△9九竜が△8九角以下の詰めろとなり、先手玉を粘りの利かない形に追い込んだ。銀を1枚渡しても自玉に詰みがないのを読みきっている。
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撮影:常盤秀樹
大山十五世名人は受けのイメージが強いが、攻めの鋭さも一級品だった。いまの永瀬も受けと攻めの切り替えが巧みで、バランスの取れた棋風に仕上がりつつある。王将20期を誇る偉大な先人の姿が重なるのは、筆者だけではないだろう。

渡辺明王将

 一方の渡辺もプロ入りから丸20年を迎え、将棋界の第一人者として円熟の域に達している。タイトル獲得は26期。現在は三冠を保持している。第78期A級順位戦では土つかずの全勝を達成し、36歳にして初めて名人戦の舞台に立った。コロナ禍で2度、延期になるなど異例のシリーズとなった名人戦だが、綿密に準備された序盤作戦と中終盤の腕力を武器に七番勝負を有利に展開。4勝2敗とわずかに抜け出して奪取を果たした。これまで縁のなかった名人位に、ようやく手が届いた瞬間。「悲願という言葉がよく使われるが、そんな簡単なものではない」と就位式で語るほど、万感の思いがこもるタイトル獲得だった。
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撮影:玉響
 20年越しの宿願を果たした渡辺は、今年も王将位の防衛戦に臨む。王将戦七番勝負を戦うのは今回で6回目。過去5回のうち敗退したのは1回のみで、渡辺にとっては相性のいい棋戦といえるだろう。2期連続での防衛、そして自身初の王将3連覇を目指す。70期の歴史を誇る王将戦で、3連覇以上を達成したのは大山十五世名人、中原誠十六世名人、谷川浩司九段、羽生善治九段の4人だけだ。防衛に成功すれば、永世名人たちが刻んだ歴史に渡辺も名を連ねることになる。

展望

 両者の対戦は渡辺10勝、永瀬3勝と意外に少ない。永瀬がタイトルを取ってからは1回しか戦っておらず、2019年5月以来の顔合わせとなる。豊島-永瀬戦が2020年度に12局あったのとは対照的だ。渡辺-永瀬のタイトル戦は2回目で、2017年度の第43期棋王戦五番勝負以来。棋王戦はフルセットの激闘を渡辺が制した。2日制のタイトル戦を戦うのは今回が初めてだ。

先後勝率

  渡辺 永瀬
通算 0.709 0.753
0.616 0.675
2020年度 0.615 0.826
0.545 0.533
2019年度 0.789 0.764
0.866 0.667
2018年度 0.833 0.750
0.722 0.733
2017年度 0.583 0.933
0.352 0.681
2016年度 0.500 0.588
0.647 0.812

タイトル戦

  渡辺 永瀬
登場回数   35回 6回
獲得   26期 3期
対局数   173局 29局
勝率 0.640 0.769
0.586 0.438
 

  番勝負の戦いは渡辺に一日の長がある。タイトル戦の登場回数は35回。対局数も実に173局を数える。盤上の技術に加えて戦型選択や時間の使い方など、総合力で勝負するのが渡辺のスタイルだ。対する永瀬はタイトル戦登場回数が6回で、対局数は29局。経験値の少なさをどこで補い、何を武器に戦っていくかが課題となるだろう。七番勝負全体を見据えた戦略が大事になる。
鍵になるのが後手番での戦い方だ。渡辺は先手番を好むタイプ。先手番の通算勝率は0.709、後手番は0.616と1割近い差がついている。2017年度に自身初の負け越しを経験したが、その年度は先手0.583、後手0.352と2割以上の差がついていた。不調を脱した2018年度以降は後手番でも安定した成績を残しており、今年度も先手0.615、後手0.545と差は小さい。タイトル戦でも後手番で3勝2敗と勝ち越した。ただ、直近の4戦は1勝3敗と後手番で結果が残せていない。早指しの将棋ばかりなので参考程度に見る必要はあるが、防衛戦に向けて不安の残る数字だ。
一方の永瀬は先後の違いを気にしないタイプ。先手番の通算勝率は0.753、後手番は0.675とその差は小さい。しかし、2020年度に限って見れば先手0.826、後手0.533で、実に3割もの差がついている。番勝負になるとさらに顕著で、叡王戦と王座戦を合わせた成績は先手番が4勝0敗、後手番は2勝6敗だった。そのほかの公式戦でも10月末から1勝6敗と後手番で苦戦中。対策の整備が急務になりそうだ。
戦型はどちらが先手でも矢倉が中心になるだろう。今年度の渡辺は先手番で矢倉を多用しており、春の名人戦でもタイトル奪取の原動力になった。対する永瀬も先手番では矢倉や相掛かりが中心。王将戦でも主軸になると予想される。裏を返せば、矢倉の後手番をどう戦うかが焦点になる。
現在の矢倉はがっぷり四つに組み合う相矢倉ではなく、玉の薄い急戦形が主流だ。序盤早々から戦いが起こり、読みと読みがぶつかり合う力勝負に進むことも多い。局面の把握が難しい複雑な将棋は渡辺の土俵で、名人戦でも存分に力が発揮されていた。中終盤の力比べは永瀬も望むところだ。息の長い将棋を苦にせず、優勢になっても急ぐことがない。どっしりと構える腰の重い棋風は、力戦の将棋でも発揮される。力のこもったねじり合いが展開されそうだ。
研究熱心な両者だけに、番勝負に向けてどんな秘策を用意しているのか。特に永瀬は後手番のレパートリーが広く、横歩取りや四間飛車も指している。七番勝負のどのタイミングで、どんな形を繰り出してくるのか。戦型選択が楽しみだ。

渡辺にとっては三冠の維持に向けて大事な初戦となるシリーズ。永瀬にとっても、二冠に返り咲いて渡辺と肩を並べるまたとない機会である。トップ棋士の意地と意地がぶつかりあう、濃密な七番勝負が堪能できそうだ。注目のシリーズは1月10日(日)、静岡県掛川市「掛川城 二の丸茶室」で幕を開ける。

若葉

ライター若葉

日本将棋連盟モバイル中継記者、映像技術者、M. Ed. プロジェクターの調整とケーブル巻きは将棋界で一番うまいんじゃないかと思っている。

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