将棋川柳・第8乃句『本能寺端の歩を突く暇はなし』(誹風柳多留三編第二十五丁、玉の光・弘化元年(1844年))

将棋川柳・第8乃句『本能寺端の歩を突く暇はなし』(誹風柳多留三編第二十五丁、玉の光・弘化元年(1844年))

ライター: 谷木世虫  更新: 2020年02月21日

『本能寺端の歩を突く暇はなし』

最近のプロ将棋ではほとんど見られなくなった「居飛車・船囲い対振り飛車・美濃囲い」の将棋。でも、これが居飛車穴熊へと進展する出発点でもあるのです。

さて、その対抗形の陣形では、9筋(振り飛車が先手なら1筋)の端歩を突き合う形が多く見られます。例えば、居飛車側の▲9六歩と振り飛車側の△9四歩。この二手だけにスポットを当てれば、少し振り飛車側の△9四歩の方に得が多いように感じております(図1)。

【図1は▲9六歩まで】

居飛車側が寄せにいったとき、△9四歩が突いてあるとないとでは、寄せに必要な金銀が数枚、違ってくると言われているからです(△9四歩としておけば、振り飛車側の玉の方が、懐が広い)。

そこで、居飛車側は△9四歩を突かせる暇を与えまいと(はたまた、早く終わらせて飲みに行きたいと思ったか)、急戦を仕掛けることが考えられます。

町の道場ではそうした将棋も多く、今、居飛車が急戦を仕掛けた将棋が最終盤に入ってきました。

図2は居飛車側が後手の将棋で、△1四歩と▲1六歩は入っていません。図2は先手・振り飛車が▲4一馬と詰めろを掛けた局面。ここで後手の選択は二つ。先手玉を詰ますか、あるいは、受けるかですが、受けの手はなさそうです。となると、詰ますしかありませんが......。

【図2は▲4一馬まで】

図2から後手は△3九銀。以下、▲同玉△5七角成(両王手)▲2八玉△3九馬▲1八玉△2八金(図3)まで。後手は見事に先手玉を詰ませたのです。これは、端の突き合いがない場合の、教科書的な手順といえるでしょう。

【図3は△2八金まで】

 仮に、図2で△1四歩と▲1六歩が入っていた場合(図4)は、前述の手順ではいけません。

【図4は▲4一馬まで】

同じように△3九銀とすると、▲1八玉と寄られ(図5)、あとが続かないからです。図5から先手玉を詰ますには、△1七銀▲同玉△2八銀打▲1八玉(▲2六玉は、△3五金まで)△1九銀成▲1七玉△2八銀不成▲同玉△1八金▲3九玉△5七角成というように、銀がもう2枚、必要になります(この変化の最初の△1七銀の駒は、香でも金でも飛車でもOK)。

【図5は▲1八玉まで】】

このように、端の突き合いがあるかないかでは、寄せに必要な駒の数が違ってくるのですね。

話をご紹介の川柳に戻しましょう。

これは「信長さんともあろうお人が、どうして逃げ道を早くつくっておかなかったのか? それが裏木戸なのか地下道なのかは分からないが、備えは早めが肝心だ」という、教訓の句ということ。

時は天正10年(1582年)6月2日早暁、信長にとってはまさしく寝耳に水の明智軍。鬨(とき)の声とともに本能寺に奇襲を掛ければ、すぐさま辺りは火の海と化し、阿鼻叫喚の世界となったベベンベン! 次から次へと襲い来る明智勢。まったく無防備の信長勢。これではこの勝負、火を見るよりも明らかであるお立ち会い! ついに信長、△9四歩を突いていない美濃囲いの玉よろしく、9二まで追い詰められて自刀の最後。信長、ほぼ全国を統一したとの油断か、はたまた強い慢心があったのか。飼い犬に手を噛まれての自害は、誠にもって残念無念であったに相違ありませんベベンベン!

そこで一句。「端歩突く、それは本能のなせる業」「いや待てよ、端歩は早く突いておこう」。

では、これにて川柳講談「本能寺の端歩」の一節、お開きとさせていただきます。

将棋川柳

谷木世虫

ライター谷木世虫

東東京の下町、粋な向島の出身。大昔ミュージシャン、現フリーランス・ライター。棋力は低級ながら、好きが高じて道場通いが始まる。当初、道場は敷居が高く、入りにくい所だったが、勇気を出して入ると、そこは人間味が横溢した場所だった。前回は、将棋道場で聞かれる数々の「地口」をシリーズで紹介したが、今回は「川柳」がテーマ。これも地口同様、ユーモアと機知に富み、文化として残したいものとの思いで、このコンテツの執筆になった。

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前田祐司

監修前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。
早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。
決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。

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