ライター水留啓
相手を自分の土俵に引きずり込むには?奇襲戦法や裏定跡などの「マイナー戦法」を学べる棋書
ライター: 水留啓 更新: 2019年11月13日
皆さんこんにちは。変わらず将棋ライフを楽しまれているでしょうか。
さて、本コラムではこれまでの数回にわたって、居飛車・振り飛車それぞれについての本格的な定跡書・棋譜集などを紹介してきました。今回はそれとはうって変わって、奇襲戦法や裏定跡といった、予想外の視点から書かれた棋書を取り上げてみたいと思います。マイナー戦法と侮るなかれ、いずれの棋書もきちんとした理論に基づく奥の深い世界であることにきっと気づかれると思います。
いずれの本についても、通底する考え方は「相手を自分の土俵に引きずり込む」ことです。力戦型の将棋が好きな方、自分の得意戦法を持ってみたい方に特におすすめします。
(1)武市三郎・美馬和夫著『奇襲の王様 筋違い角のすべて』(マイナビ)
マイナー戦法や奇襲戦法というと、真っ先に思い浮かぶひとつがこの筋違い角でしょう。序盤早々に角を交換して▲4五角(第1図)と打つこの戦法は、ただ単に一歩得の実利を得ることだけを目的にしているわけではありません。元の位置と異なる筋で角を使うことの難しさを知り、その苦労を乗り越えて勝ちを手にした時の爽快感が格別なのです。
【第1図は▲4五角まで】
本書は、ひとり職人のごとく公式戦で筋違い角を使い続けた武市三郎七段が、アマ強豪の美馬和夫さんとともに仕上げた、まさに筋違い角の決定版ともいえる一冊です。
本書の構成は、まず定跡編で筋違い角側が振り飛車、居飛車にする形、そして相筋違い角などの変わった形を解説します。そして、武市・美馬両者の指した筋違い角の実戦から19局をポイント解説しています。
【第2図は△7五銀まで】
図は本書で解説されている武市七段の将棋(武市―日浦戦、1995年棋聖)で、いま後手が△7五銀と銀を使って攻めてきたところ。通常の振り飛車だと7七の地点は角がいるので、勝手が違って感覚がつかみづらいところです。
ここで美馬さんは▲7八飛とする手を挙げますが、以下△8六歩▲同歩△同銀▲8五歩△7七銀成▲同飛△7六歩!(第3図)の手筋でまずいというのが武市七段の指摘。
【第3図は△7六歩まで】
この歩を飛と角のいずれで取っても後手に飛をさばかれてしまいます。▲7八飛が利かないようでは先手困ったように見えますが、ここで武市七段の示す正解は▲2五歩(第4図)とこちらの歩を伸ばす手。角の利きを活用して後手の居飛車穴熊を直接攻めようとしています。
【第4図は▲2五歩まで】
武市七段いわく、「筋違い角は角筋が生命線ですからね。(中略)居飛車穴熊には(中略)玉頭を攻めるのがいいです。」ということなのです。こうした解説の端々にこの戦法を指しこなすためのエッセンスが詰まっているのではないでしょうか。
このほか、本書はお二人の「筋違い角談義」なるコラムが充実しており、読み物としても十分に楽しめる一冊に仕上がっています。
(2)飯島栄治著『対振りの秘策 完全版 飯島流引き角戦法』(マイナビ)
2006年に出版された『飯島流引き角戦法』と2009年に出版された『新・飯島流引き角戦法』の2冊をまとめた、引き角戦法の決定版といえる本をご紹介しましょう。
飯島栄治七段が編み出したこの引き角は振り飛車対策の戦法で、(第5図)のように角道を開けるかわりに▲7八銀~▲7九角として角を引いて使うのが特徴です。
飯島七段はこの戦法で第37回升田幸三賞を受賞しました。
【第5図は▲7九角まで】
本書の章立ては以下の通りです。
第1巻「第1章 対先手四間飛車編」、「第2章 対先手中飛車編」、「第3章 対先手向かい飛車編」、「第4章 先手引き角戦法」、「第5章 自戦記編」、「第6章 まとめ」、第2巻「第1章 対先手四間飛車」、「第2章 対先手ゴキゲン中飛車」「第3章 佐藤二冠の引き角戦法」、「第4章 対先手三間飛車」、「第5章 先手引き角戦法」、「第6章 自戦記編」、「引き角戦法のデータ」。
章立てを見るとわかる通り、三間飛車・四間飛車・ゴキゲン中飛車という振り飛車の主要3戦法に対して1冊で対策ができる充実の内容になっています。
この戦法を使うと、角交換四間飛車やダイレクト向かい飛車といった、振り飛車側から角交換を強要してくる戦法を相手にしなくていいというのも大きなメリットの一つです(角道を開けないので)。
成功例をひとつ見てみましょう。(第6図)は第1巻・第1章「対先手四間飛車編」より。後手は穴熊に囲おうとしていますが、ここで先手から引き角+3七銀の形を生かした仕掛けがありました。
【第6図は△5四銀まで】
▲2四歩△同歩▲同角△2二飛▲3三角成△2八飛成▲同銀△3三桂▲2一飛(第7図)
【第7図は▲2一飛まで】
いつでも▲2四歩と仕掛けていけるのが引き角の魅力。振り飛車党にとっては大きなストレスとなるでしょう。手順中、△2二飛の受けは部分的な定跡ですが、この場合は3七銀型を生かしてのちの△2八飛成を▲同銀を取る手が生じました。図となると先手陣の左美濃が堅く、引き角側有利と言えそうです。
この図を見るとわかるかと思いますが、先手陣の左美濃囲いは▲7六歩を突いていないおかげで終盤の△5五角などの王手の筋がなく、実戦的に逆転されにくいというのも魅力といえます。
普段、振り飛車の堅い囲いに手を焼いている居飛車党の方はぜひ一度試してみてくださいね。
(3)神谷広志著『禁断のオッサン流振り飛車破り』(マイナビ)
3冊目に紹介するのは、振り飛車破りの定跡書です。タイトルの「オッサン流」というフレーズをみて感づかれる通り、肩ひじ張らない気楽な指し回しがその魅力です。本書の帯にはこうあります。「オッサンは流行戦法で勝負しない オッサンは細かい手順を気にしない オッサンは取れる駒は取る」。なんともおおざっぱですね笑。
しかしながら、この本で紹介されている4つの戦法の中にはなかなかな由緒ある戦法もあったりして、これらをひとつぶしにしてやろうというのは難しいでしょう。順に見ていきます。
第1章「ゴキゲン退治 盛り上がり戦法」はゴキゲン中飛車に対して2枚の銀を盛り上がり、中央を攻めるかと見せかけて、実は図から△5四銀ならば▲3五歩と角頭を攻めるのがもう一つの狙い。(第8図)
【第8図は▲4六銀まで】
第2章「四間飛車退治 鳥刺し戦法」は江戸時代からある戦法です。(第9図)
【第9図は▲3五歩まで】
いきなり角頭の歩を突っかけ、飛と銀の力で3筋を制圧するのが最初の狙い。「即戦即決」がキーワードです。引き角戦法と少し似ているところがあるかもしれませんね。
第3章「四間飛車穴熊退治 ホラ囲い」は、いわゆる四間飛車に対するミレニアム囲いのこと。図のような形からの仕掛け方を見ていきます。(第10図)
【第10図は△4五歩まで】
第4章「石田流退治 棒金戦法」も昔からある作戦。玉の堅さを重視する現代ではあまり見られない戦法ではありますが、オッサンは一時の流行に左右されません。飛と金と香と歩をフルに活用して攻め倒しましょう。(第11図)
【第11図は▲3八飛まで】
オッサン流は、その名からすると適当な指し回しを解説しているのかと思われてしまいますが、私が本書を読んだ限りは重要なポイントはしっかりと詳しい変化も書いてくれている印象です。オッサン流の面目躍如はむしろその語り口にあるといえるでしょう。
「そう、オッサンは一応人生経験が豊富ですのでここで慎重になることができます」(35ページ)、「スキを見せて相手の無理な動きを誘うのも裏のオッサン流です」(68ページ)、「オッサンの顔も怖そうとよく言われます」(197ページ)など、定跡書なのにこんなに楽しいなんて、なんだかキツネにつままれた気持ちですね。
(4)杉本昌隆著『将棋・究極の勝ち方 入玉の極意』(マイナビ)
たいていの将棋では、玉という駒は金銀で囲われていて、自陣3段目よりも内側にいるものです。しかし、場合によっては玉が囲いからはい出し、むしろ敵陣(将棋盤の奥側3段以内)に向かって突進していくケースがあります。このような状況を入玉(にゅうぎょく)といいます。
こうした場合は玉が容易につかまらないので、お互いの持っている駒の点数制により勝ち負け(あるいは引き分け)が決まることになり、いきおい入玉特有の手筋が出現するのです。
そもそも、入玉の将棋はそれほど頻繁には出現しません。それでも、大会などでいざ目の前に入玉形が現れれば「ああ、入玉将棋について勉強しておけばよかった、もっと慣れておけばよかった」と後悔するのは間違いないでしょう。
本書は、棋書界でも珍しく、入玉の際の手筋をテーマにした本です。本当に1冊丸ごと入玉に関する手筋だけを扱っているのです。構成としては以前紹介した同著者の『必修!相振り戦の絶対手筋105』(マイナビ)などと同じく見開き2ページ完結型となっています。
本書の中から例を挙げると、「8五の地点はあの駒で受ける」(第1章 入玉・守りの手筋20)、「入玉阻止の二枚飛車捨て」(第2章 入玉・攻めの手筋20)などがあり、どれも通常の終盤では考えもしない驚きの手筋が並びます。本書の手筋を大まかに二分すると、「自玉を逃がす(敵玉を逃さない)」と「点数を稼ぐ」となります。前者の例を挙げてみましょう。(第12図)
【第12図は△7六銀まで】
第1章「8五の地点はあの駒で受ける」より。いま先手玉には△8五龍までの詰めろがかかっています。いち早く敵陣に玉を逃がしたいところですが、▲8三玉にも△8五龍で、合駒がなくこれも詰み。困ったように見えましたが、ここで▲7七桂!(第13図)が好手。8五の地点を桂で受けることにより、貴重な一手を稼ぐことができました。
【第13図は▲7七桂まで】
以下は一例になりますが、△7七同龍▲8三玉△8六龍▲8二玉で、無事敵陣に入ることができました。将棋の駒は基本的に前に進むように設計されているので、敵陣1段目の玉はよほどのことがない限り詰まされることはないでしょう。
全体として本書は、数多くの手筋をコツコツ収集した杉本八段の努力がしのばれる労作となっています。点数を稼ぐ手筋に関しても、「1点惜しんだ手を悔やませる」(第4章 入玉・点数を稼ぐ手筋20)など心理的な戦術まであって、すべての将棋ファンにぜひ読んでみていただきたいところです。
(5)週刊将棋編『完全版 定跡外伝 ~将棋の裏技教えます~』(マイナビ)
最後に紹介する本書は、数々の将棋著作や丁寧な指導で知られたアマ強豪の新井田基信さんが著した2冊の同タイトルの単行本が文庫化されたものです。定跡とは便利なものですが、それがうろ覚えになっていたり、単に手順を暗記しただけになっていては意味がありません。
この本は、定跡の裏側に潜むハメ手や、定跡と少しだけ形が違うだけで結論ががらりと変わる形を解説しています。それぞれ1993年と2002年に出版された本ということで、ノーマル四間飛車対急戦、ノーマル三間飛車対急戦といった少しクラシックな形が多い印象です。ノーマル振り飛車の基本的なことがらが多く載っているという意味では、振り飛車党の方に特におすすめします。
図の「ポンポン桂」など、居飛車からのいきなりの奇襲に備えておくと気持ちの面でだいぶ余裕ができるはずです(具体的な手順などは本書で)。(第14図)
【第14図は△6五桂まで】
また、一つ前に紹介した入玉の本と同じく、本書も一つの形を見開き2ページで扱っているので気軽に読みやすいのがメリットです。
ここまでで紹介した本と同様に、戦法や定跡の表面上の手順を追うだけではなく、一手一手の本当の意味を理解するのが大事ということを教えてくれる本といえそうです。
おわりに
いかがだったでしょうか。今回は奇襲戦法や入玉の手筋など、マイナーな形を取り上げた書籍を紹介してみました。
今回紹介した本の定跡などは、それほど実戦ではお目にかかれないかもしれません。しかしながら、マイナー戦法にもれっきとした理論があること、将棋にはこうした面白い指し方がまだまだたくさん転がっていることなど、読んだ方それぞれに気づくことがあると思いますので、ぜひ手に取って一読してみてください!