いまの将棋界を語るうえで欠かせない必読書?将棋や将棋界を題材にした小説を4つご紹介!

いまの将棋界を語るうえで欠かせない必読書?将棋や将棋界を題材にした小説を4つご紹介!

ライター: 水留啓  更新: 2019年03月13日

皆さんは「将棋の本」という言葉を聞いてどんな本を思い浮かべるでしょうか。多くの方が、書店の将棋コーナーにあるような戦術書や棋譜集を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、将棋を楽しむ本はそうした専門書だけではありません。今回は、将棋や将棋界を題材にした小説にフォーカスを当て、4つほどご紹介したいと思います。

柚木裕子『盤上の向日葵』(中央公論新社)


柚木裕子『盤上の向日葵』(中央公論新社)

まずはこちら、柚月裕子さんによる本格ミステリー作品。柚月さんといえば『孤狼の血』などの作品でも有名でしょう。将棋界を題材にした本書は、2018年の本屋大賞にもノミネートされました。

物語は3つの舞台を中心に進行していきます。まずは冒頭の、山形県天童市で行われている竜昇戦七番勝負最終局の場面。つづいてその4か月ほど前、埼玉県の山中で身元不明の死体が発見された事件の捜査シーン。そして最後に、龍王戦を戦う天才棋士・上条桂介の出自に関する捜査の場面です。身元不明の死体と一緒に埋められていた1組の将棋駒によって、3つのシーンが物語の結末に向かって収斂してきます。

この物語では先述の上条の他に、東明重慶という名の真剣師が重要な役割を演じています。真剣師とは賭け将棋を指して生計を立てている人のこと。本書の東明のモデルはおそらく、昭和に活躍した真剣師の小池重明とみて間違いないでしょう。「新宿の殺し屋」とも称された小池氏には、二日酔いで対局に出向き勝利を重ねるなど数々の豪快なエピソードが残されています。小池氏に関しては関連書籍もいくつか出されていますので、興味を持った方はぜひ調べてみてください。

本書を読むと、著者の柚木さんが将棋界に関することも手厚く取材をしている様子がうかがえます。なかでも真剣(お金を賭けた将棋)の勝負のシーンは、著者の取材力と表現力が強く反映されています。物語の中盤に出てくる対局シーンでは、負けたら金銭だけでなく自分に対する信用や自分の存在意義すらも失ってしまうという手に汗握る緊迫した舞台が表現されており、久々に「自分もこんな熱い将棋を指したい!」と思わされました。全体としても、本書を読み終わったあと、王道の将棋ミステリを読んだなという充実感が得られました。将棋に詳しくない方でも楽しめる内容になっていますので、皆さんもぜひ読んでみてください。

瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社文庫)


瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社文庫)

こちらは「サラリーマンから将棋のプロへ」という意表の転身で知られる瀬川晶司六段の自伝的小説。プロ入りをめぐる苦悩を描いた本書が映画化されたことは記憶に新しいでしょう。

瀬川さんはかつて、奨励会(プロ養成機関)に所属していましたが、26歳までにプロ入りできなければ退会という厳しい年齢制限を前に夢破れました。その後一般企業に就職しますが、将棋への夢を捨てきれず、アマチュア大会に舞台を移し着々と活躍を重ねます。ついにはアマ名人を獲得し、アマチュア代表として参加したプロ棋戦で何人ものプロ棋士を倒しことは将棋界の大きな話題になりました。

久保利明八段(当時)というトップ中のトップの棋士に勝ったことなどを買われ、サラリーマンの瀬川さんは当時のそれまでまったくといっていいほど開かれることのなかったプロ編入試験という道を切り開いたのです。その道のりでは、「奨励会を勝ち抜けなかったのに未練がましい」「奨励会の最初からやり直すならまだしも、プロ入りを考えるなど論外」といった厳しい勝負の世界ならではの反発もありましたが、瀬川さんはそうした逆風にもめげず、多くの協力者・賛同者の助けを得てついにプロ試験の道を開いたのです。

物語の中で印象に残るのが、瀬川さんを取り巻く人々の協力的な姿勢です。将棋という趣味に打ち込むことを肯定してくれた小学校の恩師、中学の頃からしのぎを削りあったライバル、奨励会の成績がふるわず辛かった時期に理解を示してくれた家族、そして前代未聞のプロ編入試験の実現を後押ししてくれたアマチュア強豪の仲間たち...。「しょったんの奇跡」を実現したのが瀬川さん本人の努力にあることは言うまでもありません。しかし本書を読む中で、勝負の世界の冷酷さだけでなく、瀬川さんとその周りの人の温かさの両面に気づくことができるのではないでしょうか。

大崎善生『聖の青春』(角川文庫)


大崎善生『聖の青春』(角川文庫)

かつて「東の羽生、西の村山」と称された天才棋士・村山聖九段の人生は、2016年にこの本が映画化されたことによってより有名になりました。小さいころから腎臓の難病に悩まされていた村山少年は、長い入院生活の中で将棋と出合います。やがてプロを志すほどに腕を上げた少年は、当時の将棋界で頂点を誇っていた谷川(浩司・現)九段を倒すことを胸に誓います。「打倒・谷川」を掲げて広島から大阪に出てたのちプロ入りを果たし、29歳の若さでこの世を去るまで将棋、そして病と闘い続けた姿は多くの人の胸を打ちました。ここでは故・村山八段の勝負に対する厳しい姿勢を示すエピソードを紹介したいと思います。

ある日、村山は師匠の森信雄(引退、七段)にこう言ってのけます。

「(弟弟子たちを)全員、やめさせたほうがいいんじゃないですか。(中略)将棋に対する考えが甘すぎます。真剣さがなさすぎます。」

羽生・谷川とったトップ棋士を倒すことを目標としていた村山にとって、ある程度の実績で満足していた弟弟子たちが歯がゆかったのでしょう。どんなに自分に自信があっても、なかなか軽々に言える言葉ではありません。

他人を批評するのは簡単ですが、自身の努力も怠らなかったのが村山という人間でした。28歳にして膀胱全摘出という大手術を受けた数日後、村山は父親に頼んで将棋盤と棋譜を持ってこさせます。パジャマ姿で点滴を体に打たれながら、村山は病室で一人、ひたすら棋譜並べにいそしんでいたというのです。A級という棋界の頂上に所属する棋士がまさに命を削って将棋を研究し、そして勝負に臨んでいた姿を本書で知り、私自身、いちアマチュアではありますが、将棋に真摯に取り組まなければと反省させられました。

本書はいろいろな読み方ができますが、私は本書を読むたびに、自分の将棋に対する態度を見つめ直すことが多いのです。

白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』(GA文庫)


白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』(GA文庫)

つい最近まで、将棋の読み物といえば観戦記のような記録、ミステリなどの小説、そしてマンガの3つがメインでした。そこに突如として吹き込んだのがこの『りゅうおうのおしごと!』に代表されるライトノベルの風でした。将棋×女子小学生という異色の取り合わせを描いた本書はたちまち将棋界とラノベ界、両方からの支持を得て、将棋ペンクラブ大賞を取るに至りました。アニメ化もされているので、そちらを初めに知ったという方も多いでしょう。

物語は将棋界のトップ・竜王に君臨する九頭竜八一のもとにひとりの女子小学生(雛鶴あい)が押しかけて来るところから始まります。ストーリーは、その後も押し寄せてくる女子小学生の門下生たちや気の強い姉弟子・空銀子にもてあそばれてばかりの八一のドタバタ劇を中心に展開していきます。

本シリーズはフィクションとはいえ、現実の将棋界に取材したエピソードも数多く登場するのが楽しみの一つです。神戸市出身の永世名人有資格者・月光聖市九段や捌きの巨匠(マエストロ)こと生石充九段などは、将棋界のファンならモチーフとなっている棋士がすぐに連想できそうですね。詰将棋の世界における「最後の審判」問題にまで話が及ぶあたり、著者の高い取材力と将棋界への愛が感じられる作品となっています。

おわりに

今回は将棋関連の小説を4つ紹介しました。将棋ファンにとっては、いまの将棋界を語るうえで欠かせない必読書と言えますので、皆さんもぜひ読んでみてくださいね。

棋書紹介

水留啓

ライター水留啓

ねこまど将棋教室講師。こども教室担当として積んだ指導経験を生かし、大人向け講座「平手初心者のための棒銀/四間飛車/中飛車入門講座」を開講。初心者・初級者を中心に、幅広い層に将棋の楽しさを伝えている。趣味は棋書収集で、最近は自宅の本棚が足りなくなってきているのが悩み。

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