―第73期ALSOK杯王将戦七番勝負展望―

―第73期ALSOK杯王将戦七番勝負展望―

ライター: 田名後健吾  更新: 2024年01月06日

 藤井聡太王将に菅井竜也八段が挑戦する、第73期ALSOK杯王将戦七番勝負が、年明けの1月7、8日に栃木県大田原市「ホテル花月」で行われる第1局から開幕する。
 春に行われた第8期叡王戦五番勝負に続く両者の激突。藤井にとってはこれが八冠達成後に最初に臨む防衛戦となる。

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写真:玉響

 今期、初めて王将戦挑戦者決定リーグに参加した菅井は、渡辺明九段(○)、永瀬拓矢九段(●)、羽生善治九段(○)、豊島将之九段(○)、佐々木勇気八段(○)、の順で強豪メンバーと戦い、4勝1敗で11月22日の最終戦に臨んだ。相手は俊英・近藤誠也七段(3勝2敗)。

 先手・菅井の三間飛車に近藤は居飛車穴熊で対抗。菅井の仕掛けで開戦し、激しい攻め合いが展開された。美濃囲いを上部から襲う近藤の猛攻をうまくかわして有利な終盤戦を迎えた菅井だったが、一手の失着から苦境に陥った。

【第1図は△6七歩まで】

 第1図は後手が△6七歩と詰めろをかけたところ。菅井は▲6九歩でギリギリ受かると読んでいたが、△4七馬でまずいことに気が付いて青ざめた。

 しかし、▲7九銀が受けの勝負手だった。今度△4七馬は▲5八歩~▲6九玉と逃げる余地があるのでまだまだ戦える。それでも先手が厳しい形勢だが、この菅井の執念の粘りに近藤が寄せ方を誤った。実戦は△6八金▲4八玉△7九金▲6七竜で混戦となり、最後は菅井が逆転勝ちを収めた。

 正着は(△6八金に代えて)△6八歩成で、以下▲同銀△同金▲同竜△同馬▲同玉に△6二飛(参考図)の両取りがあり、玉形の差で後手が勝ちやすい流れだった。

【参考図は△6二飛まで】

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写真・紋蛇

【叡王戦の雪辱に燃える菅井八段】

 1敗を守ってリーグを終えた菅井。終局後、報道の取材を受けている途中に、別室で対局中の永瀬拓矢九段の敗戦(2敗目)の知らせが入り、菅井の王将戦挑戦が決定した。

 リーグ全体を振り返って菅井は、「少し苦しい将棋が多かったですが、その中でもうまく中盤を自分らしく(辛抱強さの意)戦えたのかなと思っています」と話した。また藤井王将との七番勝負について「自分が相当頑張らないといけないと思っているので、精一杯力を振り絞って頑張りたい」と抱負を語ったが、「叡王戦と王将戦では持ち時間が大きな違い。自分自身、2日制のタイトル戦はいつぶりかわからないぐらいやっていないので、第1局を迎えるまでに調整しないと厳しいかなと思っています。叡王戦では、自分が気にしていた部分がそのまま勝敗につながってしまったので、うまく修正していきたい」と、叡王戦の結果を踏まえた対策を用意してシリーズに臨む意思を示した。「気にしていた部分」が何かについては言葉をにごした。

【七番勝負の戦型予想】

 藤井と菅井の公式戦における対戦は、千日手(4局)を含めて17局あり、勝敗は藤井の9勝4敗で、内訳は下記の通り。※カッコ内は勝者と手番

2017/08/04第67期王将戦一次予選(▲菅井)
2018/09/03第44期棋王戦本戦トーナメント(▲菅井)
2019/05/31第32期竜王ランキング戦4組決勝(千日手)
2019/05/31第32期竜王ランキング戦4組決勝(△藤井)
2020/01/19第13回朝日杯将棋オープン戦本戦トーナメント(△藤井)
2020/03/31第91期棋聖戦決勝トーナメント(千日手)
2020/03/31第91期棋聖戦決勝トーナメント(△藤井)
2020/04/10第61期王位戦挑戦者決定リーグ(△藤井)
2020/07/18第41回JT将棋日本シリーズ(▲藤井)
2022/08/10第81期順位戦A級(▲菅井)
2023/04/11第8期叡王戦五番勝負第1局(▲藤井)
2023/04/23第8期叡王戦五番勝負第2局(▲菅井)
2023/05/06第8期叡王戦五番勝負第3局(▲藤井)
2023/05/28第8期叡王戦五番勝負第4局(千日手)
2023/05/28第8期叡王戦五番勝負第4局(千日手)
2023/05/28第8期叡王戦五番勝負第4局(△藤井)
2023/09/09第44回JT将棋日本シリーズ(△藤井)

 成績を見回して気づくのは、菅井に後手番での勝利がないこと。また、千日手指し直し局における藤井の勝負強さだ。菅井としては、この七番勝負では後手番でどれだけ白星を挙げられるかが勝負のカギだ。

 菅井は中飛車・四間飛車・三間飛車・向かい飛車・角交換振り飛車となんでも指しこなす。叡王戦では全局、三間飛車で戦ったが、過去の対戦では中飛車や四間飛車の将棋も多いので、この七番勝負では三間飛車以外の戦型も見られるかもしれない。

 また、両者の対局では穴熊もよく指されている。2日制持ち時間各8時間という長丁場を生かす意味でも相穴熊戦は考えられるところ。

 菅井の後手番対策としては、角交換振り飛車をどこかで採用するのではないかと個人的には見る。序盤に定評のある菅井だけに、藤井のAI研究の及ばない将棋での力勝負を見てみたい。

【プロ間でも振り飛車が流行!?】

 今も昔もアマチュアに振り飛車は大人気。藤井に対して菅井が振り飛車でどんな戦いを見せるかを楽しみにしているファンは多いだろう。シリーズに際して「いまは振り飛車が苦しいといわれてますけど、その中で結果を残していきたいと思っています」と語っていたが、プロの振り飛車党には厳しい時代のようだ。

 ところで現在、プロの公式戦で振り飛車はどのくらい指されているのだろうか。気になったので、2023年の局数をデータベースでざっくりと調べてみたところ、1月6日から12月23日までの間に行われた公式戦約2750局中で、はっきり振り飛車と戦型分類されている将棋は約1170局(千日手局含む)確認できた。つまり全体の約43%が振り飛車戦なのである。最も多いのが、公式戦が増える時期の2月で約135局。順位戦が終わって公式戦が激減する4月でも40局以上あった。この数字をどう捉えるかは人それぞれだが、筆者は想像していたよりも多いと感じている。

 飛車を振った瞬間にAIの評価値が若干マイナスに触れてしまうことから、AI信者には振り飛車が棋理に反した戦法ではないかと映るかもしれないが、果たしてそうなのだろうか。もしその評価が本当に正しいとするならば、振り飛車はもっと激減しているはずである。AIがなぜマイナス評価をするのかを具体的に説明できる専門家はいない。実際は駒組みを進めていくにしたがって、いつのまにか互角の数字に戻ることも多いようである。AIも日々進歩しているので、10年後20年後には評価がまったく変わっているかもしれない。

 佐藤天彦九段がこのところ、公式戦で振り飛車をよく指しており話題になっている。真意は不明だが、戦略の新たな鉱脈を模索しているのかもしれない。振り飛車と一口に言っても、飛車を振る位置によって展開は千差万別で、さすがの藤井も研究を網羅しきれていない分野のはず。もしかしたら藤井対策の有力な戦略としての振り飛車戦法の可能性に、目が向けられ始めているのかもしれない。

 それだけに、このシリーズでの菅井八段の戦いぶりは、ファンならずとも注目である。

田名後健吾

ライター田名後健吾

1997年、日本将棋連盟入社。機関誌『将棋世界』編集部に配属される。2007年より同誌編集長となり、株式会社マイナビ出版移籍後の2023年6月まで16年間務める。同年7月より、同誌編集と並行してフリーランス活動もスタート。

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