インタビュアー・筆者東京新聞 編集局文化部 樋口 薫(ひぐち・かおる)

『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』刊行記念 木村一基王位インタビュー 自粛期間をどう過ごしたか? 書籍の感想は?
ライター: 更新: 2020年07月01日
昨年9月、史上最年長の46歳3カ月で初タイトルを獲得した木村一基王位(47)の初の防衛戦となる第61期王位戦7番勝負が、7月1、2日に愛知県豊橋市で開幕しました。挑戦者は、史上最年少でのタイトル獲得を目指す藤井聡太七段(17)。「最年長VS最年少」のタイトル戦として、かつてない注目が集まっています。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を挟み、異例の進行となった準備期間を、木村王位はどのように過ごしたのでしょうか。6月24日刊行の『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)の感想とともに、お話をうかがいました。聞き手は本の著者で、東京新聞文化部(将棋担当)の樋口薫記者が務めました。
※インタビューは5月中旬、「3密」を避けて東京新聞本社で実施
『将棋の勉強とジョギングに明け暮れた自粛期間「こういうときに努力の蓄積の差が出る」』
――新型コロナウイルスの影響で対局が一部ストップしていますが、木村王位の日程に影響は?
4月の初めから対局が延期になっており、約2カ月対局のない状態が続きます。残念なことに、お招きいただいたイベントも、ほぼなくなりました。
――それほど長い期間、公式戦がないというのは初めてかと思うのですが、どうお過ごしですか?
いやあ、将棋の研究ばかりやってますよ。対局が決まらないと、具体的な対策が練りにくかったり、緊張感が失われがちになったりして、確かにやりにくさはあります。ただ、こういうときにこそ努力の蓄積の差というものが出る気がして、負けないようにと取り組んでいます。
――木村王位は普段、ほかの棋士との実戦練習(研究会)で棋力を磨いておられますが、「ステイホーム」期間中はどうされていますか?
こういう事態ですので、ネット対局で研究会を開いています。対面で指す方が性に合ってはいますが、ネットでも意欲のある棋士や伸びている若手と指すと『ああ、こういうことを考えているんだ』というのが伝わってきます。
――では、感想戦はチャットで?
チャットより、電話でやったりしますね。でも、指し手を見れば相手が考えていることはだいたい分かるので、やらずに済ませる時もあります。
―――私もテレワーク中は、ビデオ通話などで取材しています。今日は対面取材ですが、やはりこちらの方が性に合っているなと感じます。ずっと家だと気が滅入りませんか。気分転換などは?
普段からやっていたジョギングの回数と距離を増やしました。人のいない時間帯に走るようにしています。マスクをしていると走りにくいですが、それはまあ仕方がない。以前は週3日ほどでしたが、今は倍ぐらい走っている。
――じゃあ、ほぼ毎日!
はい。もうベルト一つ分痩せました。
――私はお籠もり生活で、一つ分太ってしまいました......
そうですか(笑)。王位戦は2日制で長時間座りますんで、やはり身軽な方がいいんです。
『自宅での気晴らしは映画とお酒 「翔んで埼玉」に感じた「幸せ」』
――家での過ごし方もうかがいたいです。木村王位は学生時代に映画サークルに入っておられましたが、今でもよく観られますか?
いやあ、最近はめっきり。でもネットで映画が観られるようになって、この間は「翔んで埼玉」を観ました。あー、くっだらねえと(笑)。だけど、それが幸せなんだなとも思いました。
――確かに、こういう時だから余計そう感じますね......
今年の日本アカデミー賞を取った「新聞記者」も観ました。確か、ここ(東京新聞)の玄関が映ってましたよね?
――そうなんです! うちの会社でロケをやっていました。(主人公の新聞記者役を演じた)シム・ウンギョンが座っていたのが私の席だったというのが、最近の唯一の自慢です(笑)
そうだったんですね。こういう時期なので、何日かに1本映画を観ようかとも思ったんですけど、習慣になってもな、というので少し自粛しています。
――本などは読まれますか?
最近は全然読まなくなりました。
――若いころはいろいろ読まれていたそうですが、どういう本がお好きだったんですか?
小説からノンフィクションまで、何でも読んでいましたが、山崎豊子さんのものが好きでしたね。人の感情を描くのが長けてるなと。時代が変わっても、みんな思うことは一緒だな、ひがみ方から何から一緒なんだな、と思いましたね(笑)
――木村王位のお好きなお酒の方はどうでしょう。仲間と飲みに行けず寂しいのでは?
いやいや、一人でも気にせず飲んでいました。ほんとにこう......毎朝酔った状態なので、二日酔いに飽きちゃって(笑)。4月以降は少し控えています。
『「照れくさい」半生記刊行 他棋士の評価は「新鮮だった」』
――木村王位の初タイトル獲得までの軌跡を追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』を読んでいただきましたが、感想をうかがってもよいでしょうか?
いやあ...ひと言で言うと照れくさいです、はい。タイトルを取れたというのは大きなことでしたけれど、これまでを振り返ってみると、至らなさの方が多かったなと感じます。そういう話が世に出るというのは、ちょっと恥ずかしい感情がありますね。
――新聞での連載時、読者から「木村王位の泣いているシーンが多かったのが印象的」という感想がありました。
そうかもしれません。ついには汗を拭いていても泣いたと捉えられてしまって(笑)。あそこは泣いてないんだって、今さら言ってもしょうがないから言いませんけどね(笑)
――今年の目標は泣かないこと、とも仰っておられた(笑)
そうですね。泣いたとしても、バレないようにしないと。
――過去のタイトル戦では、不眠に苦しまれたという話も出てきます。
みんなあまり言わないだけで、棋士には少なからずいるのではないかと思います。特に対局1日目の夜は先の展開を考え出すと切りがなくて、寝られなくなることがあります。脳が一種の興奮状態になるんでしょうかね。
――ただ昨年の7番勝負で、大一番の最終第7局の夜は、すっきり寝られたというお話でした。
そうですね。ただ、なぜそれができたかという理由は今でも分からない。もう一度同じ状態で臨もうと思っても、どうしたらいいのか(笑)
――取材して面白かったのは、あの日は逆に(対戦相手の)豊島(将之)さんが寝られなかったと......
本を読んで初めて知りました。聞けませんからね、本人に「ゆうべ寝られたの?」とは(笑)。そうした舞台裏の話もですが、あとは同業の棋士が私をどう見てるかという話は、なかなか知る機会がありませんでしたので、新鮮な気持ちで読みました。
――多くの棋士に話を聞きましたが、木村王位を悪く言う方はいらっしゃらなかったです。
活字になるから、悪いことは言わないと思うんですけれど(笑)。まあ、その点はほっとしました。あいつは悪人だとか、いつか覚えてろとか言われたら、ちょっときついものがありますので(笑)
『王位戦7番勝負がついに開幕 初の防衛戦は「挑戦者有利」!?』
――(以下は6月下旬に追加取材)王位戦の挑戦者が最年少棋士の藤井聡太七段に決まりましたが、どんな印象をお持ちですか。
充実していますね。ミスが少ない。たいへん強い人だと思っています。
――開幕時点で30歳の年齢の開きがありますが、年齢差は気になりませんか。
年齢差はありますが、縮めようがありません。意識しても意味がなく、昨年同様、自分の力が出せるようにしたいと考えています。
――最後に、王位戦7番勝負に向け、意気込みをお願いします。
誰が来ても苦戦する、挑戦者有利になると思っていました。ただ、それは去年の7番勝負で豊島さんと指す前に考えたことと同じでもあります。自分なりに研究し、体力面も備えて、『これで駄目なら仕方ない』と終わった後に言えるような状態で臨みたいと思います。精いっぱい頑張ります。
左:東京新聞 編集局文化部 樋口薫
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