前田九段の〝お目を拝借〞第6手「NHK杯戦優勝(前篇)」

前田九段の〝お目を拝借〞第6手「NHK杯戦優勝(前篇)」

ライター: 前田祐司九段  更新: 2019年09月26日

前田九段の〝お目を拝借〞

昭和61年(1986年)3月、私は第44期順位戦で降級を免れ、初めて参加したB級1組にかろうじて残留。予戦免除などの恩恵を再び享受できることになりました。4月からの新年度、その第一弾が第36回NHK杯争奪戦・本戦への出場です。

前回のNHK杯戦では、あまりにも勝ちたいという気持ちが先行し、1回戦で敗退。残念ながら、地元、熊本の将棋ファンに良いところを見せることはできませんでした。その"空回り"を反省材料に、今回はリラックスを心掛けて臨むことにしたのです。

1回戦 VS安恵照剛八段

1回戦の相手は、予戦から勝ち上がってきた安恵さん(安恵照剛八段=引退)。過去は私の1勝2敗という戦績です。それまでの戦形は相居飛車でしたので、この将棋もそうなると予想し、もし先手ならコレと、私は戦法を用意していきました。

対局日は4月7日。振り駒の結果は私の先手。用意の戦法とは「ヒネリ飛車」です。これは、先手番だけが指せる戦法で、序盤は先手の思うように指せ、気分が良いのです。結果は、そうしたリラックス効果もあり、NHK杯戦の本戦で記念すべき初勝利! やっと熊本のファンに良いところを見せることができたのです。これでノルマは果たしたと肩の荷が下り、私は大満足でした。

2回戦 VS森安秀光九段

続く2回戦は9月17日。相手は強豪の森安さん(森安秀光九段=故人)です。対戦成績は私の1勝5敗。彼我の技量の差は歴然で、戦う前から諦めモードでした。しかも、森安さんは振り飛車党。仮に先手になってもヒネリ飛車はできません。地元へのノルマはすでに果たした私にとっては、消化試合という気分でした。対局の終わるのは、午後1時ごろ。この日は晴天で、頭の中は渋谷のビヤホールしかありませんでしたネ。

私の先手で始まった将棋は、森安さんが四間飛車から穴熊、私も成り行き上、居飛車穴熊に組み、長期戦になりました。しかし、213手のネジリ合いを制し、私が勝利。こういうこともあるんだナァ~と思いましたネ。一般的に、強者と弱者の戦いでは、手数が伸びれば伸びるほど、徐々に力の差が出て強者が勝つのです。なぜ、私は勝てたのでしょう?

実は、2年前に結婚したのですが、その前からダイエットを始め、20数㎏の減量に成功
(参照:第1手「婚活」
その状態が持続し、胡坐(あぐら)で座り続けることがまったく苦にならなくなっていたからなのです。それまでは体の余分なお肉の重みを支えるためだけに使われていたエネルギーとパワーが、すべて脳味噌に向かうようになっていたわけなんですネ。ヘビーウエイトの人間にとって、長時間座り続ける将棋の対局は「拷問」です。短時間のNHK杯戦といえども、つらいのです。

難敵を破った私は、望外の連勝。まさか3回戦を指すことになるとはネェ~との思い。その(私には珍しい)謙虚さが、次局でも幸運をもたらすのでした。

3回戦 VS塚田泰明・現九段

相手は若手の旗手、塚田さん(塚田泰明・現九段)。翌年の昭和62年、「王座」のタイトルを獲得し、その後、A級入りもする、この時まさに上り坂の大器でした。

対局日は12月1日。ここまでの対戦成績は2勝2敗の五分。勢いを考えると、どうも勝てそうにありません。この日も、負けてもともとという気持ちでスタジオに入りました。

それが幸いしたか、三度、先手となった私は、迷わずヒネリ飛車を採用します。この将棋も、手数は伸び、長い将棋になりました。しかし、体重減による"脳力アップ"の後押しもあり、167手の激戦を勝ちきるのです。 これでナンと、ベスト8に進出してしまったではア~リマセンか!

ここでフッと、私はあることに思い当たりました。それは、「今期のNHK杯戦はツイでいる」ということ。つまり、「運」があるのです。本戦の1回戦から3回戦まで、すべて先手番。実は、記録係を長く務めた蛸島さん(彰子女流六段=引退)によると、NHK杯戦で使う「一字彫り」の駒は、「歩」の出る確率が通常より高いと言います。もちろん、彼女の経験だけの話ですがネ。

仮にそうであっても、1回戦の安恵戦と2回戦の森安戦は、私から見て先輩、また、段位が上位ですから、振り駒は彼らの「振り歩先」、つまり、彼らが「歩」の多く出る確率が高い方を持つことになるわけです(私は他力本願の身)。

ちなみに、「振り歩先」(ふりふせん)の「振り歩」とは「振り駒」のことで、「先」は「先・後を決める」、また「歩かと金、どちらか多い方が先手番になる」という意味です。先手・後手を決めることを「振り駒」といい、盤上に並べてある上位者の歩を5枚取り、記録係がそれをよくシャッフルして布の上に撒(ま)き、「歩」あるいは「と金」、どちらが多く出たかで決めます(多い方が先手番になる)。なお、あらかじめ上位者が「歩」の方、下位者が「と金」の方と決まっています。

前述の2局とも、上位者は相手方、つまり歩の出る確率が高い方は相手にあるという状況下ながら、結果はと金が多く出て、私が先手を引き当てたのです。

続く3回戦の塚田さんとの対局は、私が上位者のため、私の「振り歩先」でしたが、この時は、「歩」が多く出て私の先手となりました。

これで3局続けて先手。ついでながら、それまでの対塚田戦は全4局とも、塚田さんの先手だったのです。

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ベスト4に進出した著者

こうしたことから、今期のNHK杯戦は"ツイている=運がある"と感じました。「先手」+「ヒネリ飛車」ができたのですからネ。将棋はツキが入り込む余地はないと思っていたのに......。でも、だからといって浮かれたりはしませんでしたヨ。どうせ次は負けるんですからネ。何せ、準々決勝の相手は強すぎる人なのです(続く)。

前田祐司九段

ライター前田祐司九段

1954年3月2日生まれ。熊本県出身。アマ時代から活躍し、1970年、71年と2年連続でアマ名人戦熊本県代表として出場。1972年に4級で奨励会入会。1974年9月に四段となり、2000年9月に八段となる。 早見え、早指しの天才肌の将棋で第36回NHK杯では、谷川棋王、中原名人を撃破(※肩書きは当時)。 決勝戦で森けい二九段を千日手の末、勝利し棋戦初優勝を飾った。2014年6月に現役を引退した。

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