ライター上田初美
「上から降ってくるような感覚だった」上田初美女流四段の語る思い出の一局とは?
ライター: 上田初美 更新: 2019年04月16日
昭和63年11月に生まれた私は、ほぼ人生丸々平成を生きてきた。
5歳で将棋を始め、7歳で初めて将棋道場に行き、たくさんの友人が出来た。12歳からは女流棋士としての生活が始まり、特に20代には公私共に様々な事を経験した。このコラムを書く際にテーマは将棋にまつわることで自由だと言われた。振り返るには余りにも色々あるのだが、やっぱり真っ先に思い出すのは対局の事だったので、自身の対局の中から選んで書く事にした。
印象深い自分の対局として真っ先に思い浮かぶのが第43期岡田美術館杯女流名人戦の里見香奈女流名人との五番勝負だ。どの将棋も思い出深いが、長女を出産してから初めてのタイトル戦で自分がどこまでやれるのか、楽しみと不安が入り混じって迎えた第1局が特に印象に残る。
第43期岡田美術館杯女流名人戦五番勝負第1局前日、岡田美術館を見学する里見女流名人と上田女流三段(当時)。館内の案内は小林館長。
先手になればここまで進む可能性が高いと想定していた局面が第1図。里見さんはこの約2ヶ月半前に同じ局面を指していた(第6期リコー杯女流王座戦五番勝負第1局 加藤桃子女流王座対里見香奈女流四冠)。その将棋では▲9六歩△5四歩▲9五歩から飛車をいじめにいったが、▲2四歩から一歩を手にし、後手の飛車が5筋に戻る間に△3三の桂を狙いに行く方が勝ちやすいのではないかと事前に考えていた。いつも対局に向けて事前に想定局面をいくつか用意するのだが、全て外れる事も少なくない。大一番でまさに指したい局面が実現して、心の中で「これこれ!」と喜んだのを思い出す。
【第1図は△9四飛まで】
第1局、昼休み明け。
第2図が本局のハイライト。△8五桂を軽視しており、先手玉の受けを探すが見当たらない。第一感で見える▲5二角から勝つ順をひたすら読んでいる内に訳が分からなくなり、整理する意味で「ふぅ」と一息を吐いた。するとふと「一個前(5一)に角を打ったらどうなるんだろう」という考えが浮かんだ。どうして浮かんだのかは分からない。上から降ってくるような感覚で▲5一角が頭に浮かんだのだ。読んでみるとどれもピッタリ勝ちになっている。次の一手みたいな手だな、と思った。局後の感想で「運が良かった」と言ったら立会人の清水市代女流六段に「将棋に運は無い。ふと浮かんだのもそういう局面にしていた自分の実力。」と有難いお言葉をいただいた。
【第2図は△8五桂まで】
第1局を勝った上田女流三段(当時)
その後2局目も勝ち、女流名人まであと1勝と迫ったが、結果は3連敗で奪取ならず。これも実力である。第2局では大雪で対局場の出雲から帰れずに延泊するという珍しい経験もした。第5局は将棋大賞の名局賞特別賞をいただき、普段聞ける事の無い、ファンの方々や棋士の皆さんからの自分の将棋への感想を聞けたのがとても嬉しかった。自分の指した将棋が人の心を動かすことが出来れば、それは将棋を指して生きている者にとって何よりも嬉しい事なのだと思う。
第5局の終局直後の模様。
女流棋士になって18年。重ねて来たものもそれなりに多くなってきた。しかしその人を語る上で歴史は大切だが、目の前の一局に棋歴は関係無い。価値観が流動する中でどこまで自分を成長させることが出来るだろうか。「平成」が終わり、新たな時代「令和」となってもまた、良い将棋を指したいと思う。
撮影:常盤秀樹