将棋コラム

チョコレートにケーキ。「おやつ」で読み解く棋聖戦 《 前編 》

チョコレートにケーキ。「おやつ」で読み解く棋聖戦 《 前編 》

更新: 2016年09月12日

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近年、将棋の中継はIT化が進み、タイトル戦の棋譜中継はもちろん、その様子を伝える中継ブログも限りなくリアルタイムに近いタイミングで更新されるようになりました。

ここ最近急激に増加中の観る将棋ファンや、これから将棋を観て楽しもうと思っている方向けに、今回この記事をお届けします。タイトル戦の中継ブログでは、『これを中継ブログに絶対に載せなくてはいけない』、という極めて重要度の高い情報があります。

それはおやつです。

もう一度言います。 お や つ です。

ほぼ例外なく、将棋のタイトル戦の中継ブログでは、棋士が食べた「おやつ」の情報を絶対に載せます。ニコニコ生放送の動画中継でも、かならず「おやつ」を紹介するコーナーがあります。

棋士にとって、「おやつ」ってそれほど重要なものなんですか?

そうなんです。

今回は、つい先日終わったばかりの2016年の棋聖戦の中継ブログに注目しつつ、そこから「棋士とおやつ」について語っていきたいと思います。

タイトル戦のスケジュールに見るおやつの重要性

棋聖戦は将棋の七大タイトルの一つです。五番勝負で行われ、先に3勝したほうが棋聖のタイトルを取ります。

2016年の棋聖戦はここまで棋聖のタイトルを8連覇中の羽生善治棋聖と、これがタイトル戦初登場となる23歳の若き挑戦者、永瀬拓矢六段が五番勝負を戦いました。

その第5局、つまり、お互い2勝2敗で迎え、この一戦の勝敗でタイトルの行方が決まる運命の日です。

羽生棋聖が勝てばタイトル防衛、そして9連覇となります。永瀬挑戦者が勝てば、自身初めてのタイトル獲得。

この日から来年の棋聖戦が終わるまでは「永瀬棋聖」の称号で呼ばれ、将棋界を代表する顔としての名誉ある1年間が待っています。

そんな重要な決選の日の朝、棋聖戦中継ブログで、現地の写真2枚とともに、タイトル戦最終局の一日のスケジュールが掲載されました。

今朝、現地は晴れ。対局は9時開始です。

-スケジュール-
9:00 対局開始
10:00 おやつ
12:00~13:00 昼食休憩
15:00 おやつ

これがタイトルの行方が決まる最終局の日、最初に掲載された極めて重要度の高い「スケジュール」です。その中に2回登場する「おやつ」の文字。

もう、それだけで、棋士にとって、タイトル戦にとっての「おやつ」の重要度がお分かりいただけると思います。
というか、棋聖戦の一日のスケジュールは4行で終わりなんです。

対局開始が9時です。そこから羽生棋聖と永瀬挑戦者の戦いが始まります。対局開始から1時間で「おやつ」です。

おやつを食べます!

そこから2時間将棋を指します。

12時から1時間の昼食休憩です。お昼ごはんを食べます。

13時から対局再開です。ひたすら将棋を指します。

15時になると二度めの「おやつ」タイムです。

おやつを食べます!

あとは決着がつくまで将棋を指します。

以上!

いかがでしょうか。タイトル戦での「おやつ」に興味が出てきましたか?
将棋を観て楽しむとき、楽しむポイントは将棋盤の上だけではありません。

まずは、「おやつ」を切り口に今回の棋聖戦五番勝負を振り返ってみましょう。

第一局 氷を抜き、わさびを抜いた千日手王子

■第87期棋聖戦第1局 2016年6月3日(金)
開催地<ホテルニューアワジ> (兵庫県洲本市小路谷20番地)

23歳の若武者永瀬拓矢六段を挑戦者に迎えて、今期棋聖戦五番勝負は6月3日に開幕しました。

第1局が行われたのは兵庫県洲本市、淡路島の中央部で大阪湾側に面する海沿いのホテル「ニューアワジ」でした。1996年より棋聖戦が行われている、将棋ファンにはおなじみのホテル。開幕局を飾るのは今期で5年連続となりました。

では早速ですが、第1局最初のおやつを見ていただきましょう。

10時半のおやつ

羽生善治棋聖の注文はホットコーヒーのみ。

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永瀬拓矢六段からは、「和菓子を多めに」とリクエストがあった。またこのあと「氷なしのアイスコーヒーを2つ」と注文があったそうだ。

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この日は10時半に午前中のおやつが出されたようです。

若き挑戦者を迎え撃つ羽生善治棋聖はホットコーヒーのみ。つまり、具体的なおやつは特に頼まずに、ゆったりとホットコーヒーを飲みつつ、十分おなかを空かせてからお昼ごはんを迎える方針だったと思われます。

まさに王者の風格、余裕が感じられます。

対する永瀬挑戦者が頼んだものは写真からだと「どら焼き」が一つ、「栗まんじゅう」が一つあり、それから小さな和菓子が三つ添えられています。戦いの中でさほど手を汚さず、ぱくぱくと口に入れてすぐに食べることができ、糖分補給も十分に可能...。

実用性重視のチョイスと言えましょう。

挑戦者の溢れる気合がこの「おやつ」からも見えてくるようです。さらに「氷なしのアイスコーヒー」を2つ追加で注文。

大量の和菓子で口の中が甘くなったところでの苦いアイスコーヒーは絶品のチョイス。

「氷なし」とあえて注文したのもあまり体を冷やしすぎないようにということと、氷が溶けてアイスコーヒーが薄くなってしまうのを避けたという一挙両得の狙いがあったものと思います。

氷なしアイスコーヒーは実は将棋界では近年流行している有力な手筋です。

そして12時からの昼食休憩です。

昼食休憩

羽生善治棋聖の昼食はきつねうどん。ホテルニューアワジ対局では6回連続の採用。

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永瀬拓矢六段の昼食はにぎり寿司。わさび抜きをリクエスト。

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羽生善治棋聖は6回連続となる「きつねうどん」を昼食に選びました。

「あ、はい、ここでは毎回これを食べます」
「ええ、ええ、美味しいことはわかっていますし、毎年のことですから」

という羽生先生の声が聞こえてくるようです。さすがは棋聖戦8連覇中。ホテルニューアワジでの第1局の戦い方を知り尽くした男。

対する永瀬挑戦者、昼食にはお寿司を注文しましたが、中継ブログには大事な情報が追記されていました。

「わさび抜きをリクエスト」

そうなんです。あえてのわさび抜き。

この永瀬拓矢六段という棋士はとにかく努力努力で将棋が強くなった根性の人。ファンの間でのニックネームは「軍曹」です。将棋の鬼軍曹なのです。

そして強くなるため、勝つためには色々な無駄を省く、合理的な思考の持ち主でもあります。

「将棋に集中するため、思考を乱す刺激は不要」

とばかりに、わさびを抜いたことにも、その生き様が見て取れるようです。昼食休憩が終わると午後からの対局が再開され、そしてその2時間後...。

午後のおやつ

羽生棋聖のおやつはチーズケーキとホットレモンティ。

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永瀬六段のおやつは和菓子。午前とは違うお店のもので、中央は淡路島特産のビワをイメージしたまんじゅう。他にどら焼き、若鮎、上用まんじゅうなど。

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いわゆる「3時のおやつ」が出されました。

羽生棋聖が選んだチーズケーキとレモンティーはごくオーソドックスな組み合わせと言えましょう。あくまでも王道を行きます。絶対王者の誇りと風格が漂う「おやつ」です。

対する永瀬挑戦者、午前中とは違うお店の和菓子、それもひとつ増えて全部で6個もあります。初めてのタイトル戦の緊張も感じさせず、23歳の旺盛な食欲を受け止めるこの「おやつ」のチョイス。

戦うためのエネルギーはいくらあっても足りない感じですね。

さて、第1局は17時58分に千日手となりました。

ちなみに千日手とは同じ手順を何度も繰り返し、延々と局面が進展しない状態のことで、千日経っても終わらないから千日手と言います。

千日手になると決着がつかなかったということになるので、その日の18時33分から先手と後手を入れ替えて指し直しとなりました。もともと千日手を選ぶことが多い挑戦者の本領発揮ともいえる展開。指し直し局は22時8分に109手までで永瀬拓矢六段が勝利しました。

勝因はいろいろあると思いますが、もしかしたら、午後のおやつに大量の和菓子を注文したことが挑戦者有利に働いた...、のかもしれません...。

第2局 挑戦者の大量のおやつに将棋ファン驚愕!


■第87期棋聖戦第2局 2016年6月18日(土)
開催地<ホテルフォレスタ>(愛知県豊田市岩倉町一本松1-1)

棋聖戦第2局は愛知県豊田市のホテルフォレスタで6月18日に行われました。
早速ですが、二人の午前のおやつを見て見ましょう。

午前のおやつ

羽生棋聖は洋菓子盛り合わせ(ルビーグレープフルーツのゼリー、フランボアムース)とフルーツ、ホットコーヒー。

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永瀬六段はバナナ2本、まんじゅう、どら焼き、スポーツ飲料2本、アイスコーヒー(氷なし)2杯、ミネラルウォーター2本。

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第1局でホットコーヒーのみだった羽生棋聖が午前からそれなりの量のおやつを注文してきました。本局で勝ち、巻き返しを図りたい羽生棋聖、おやつも気合十分です。

そして、ご覧ください。永瀬挑戦者のチョイス。バナナ2本、まんじゅう、どら焼き、スポーツ飲料2本、アイスコーヒー(氷なし)2杯、ミネラルウォーター2本。

午前中のおやつなんですよ?
このあとお昼ごはんもあるんですよ?

このおやつの量に将棋ファンは沸き立ちました。これでこそ永瀬拓矢。

スポーツ選手が試合前に食べることが多いバナナを2本注文したのは、将棋は頭脳スポーツなんだと言わんばかり。

第1局に続いての「どら焼き」の連投と、追加注文ではなく最初から「氷なしのアイスコーヒーを2杯」採用したあたりは、前回からの修正手順と言えましょう。

そして目を引くのはスポーツ飲料2本とミネラルウォーター2本。

果たしてそれだけの水分補給が必要なのでしょうか?

これが...若さか...

昼食休憩

羽生棋聖は握り寿司、アイスレモンティー。

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永瀬六段の握り寿司(多め、サビ抜き)、アイスコーヒー(氷なし)、オレンジジュース(氷なし)。

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午前のおやつで度肝を抜かれた将棋ファンは昼食の画像を見て、再び驚愕しました。写真を見ていただければお分かりのように、挑戦者永瀬六段のお寿司の量が羽生棋聖の約二倍

午前中にあれだけ大量のおやつを食べ、さらに昼食で羽生棋聖の倍の量のお寿司を胃袋に収めようというのでしょうか。

ここで二連勝して一気にタイトル奪取に王手をかけたいという挑戦者のみなぎる気迫が、お寿司の量となって表れています。
さらにお寿司は当然わさび抜き、アイスコーヒーとオレンジジュースをやはり(氷なし)としています。

永瀬挑戦者の合理主義、徹底しています。

午後のおやつ

羽生棋聖の洋菓子盛り合わせ(クレームブリュレ、パウンドケーキ)とフルーツ、ホットレモンティー。

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永瀬六段はバナナ2本、まんじゅう、どら焼き、スポーツ飲料2本、アイスコーヒー(氷なし)2杯、ミネラルウォーター1本。

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午後のおやつです。

羽生棋聖は第1局に引き続き、午後のおやつにはケーキとホットレモンティーを注文しました。今回もまた堂々と王道を進みます。そして、昼食に大量のお寿司を食べた永瀬挑戦者ですが、おやつのチョイスに再び将棋ファンが沸きました。

午前中よりもさらにどら焼きとまんじゅうの量が増えています。ただし、ミネラルウォーターの量を1本に減らしたところに午前中からのささやかな修正点が見て取れます。

それにしても、これだけ大量のおやつを消費し、脳に糖分を送り込んで戦うのが将棋のタイトル戦なのですね。

盤上でも盤外でもベストを尽くす。

永瀬挑戦者の戦う姿勢が読みとれます。

本局は羽生棋聖が制し、1勝1敗のタイに戻しました。大量のおやつ、飲み物とともに戦った永瀬挑戦者はしかし、羽生棋聖の分厚い壁に阻まれました。

あるいはおやつをあれだけ大量に頼むのはやはり指しすぎだったのか...?

第3局ではどんな戦いになるのでしょうか。

第3局 ぬるめのコーヒー新手でタイトル奪取に王手!


■第87期棋聖戦第3局 2016年7月2日(土)
開催地<沼津倶楽部>(静岡県沼津市千本郷林1907)

棋聖戦第3局は静岡県沼津市の沼津倶楽部にて7月2日に行われました。
さぁ、早くおやつを見ましょう。

午前のおやつ

対局者の午前のおやつは、羽生棋聖がホットコーヒー。

永瀬六段は和菓子、チョコレート、コーヒー(ぬるめ)。

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第2局の勝利で気持ちも落ち着いたのでしょうか。

羽生棋聖は第1局同様に午前中はホットコーヒーのみとしています。

対する永瀬六段は今回も午前中から食欲旺盛。どら焼きや最中など和菓子が4つ、チョコレートが5つ見て取れます。
タイトル奪取のためにはここで踏みとどまり、羽生棋聖に流れが来ることは避けなければいけません。

また、アイスコーヒー(氷なし)ではなく、「ぬるめのコーヒー」という新手を繰り出したことにも注目です。
ホットコーヒーでは熱すぎるし、アイスコーヒーでは冷たすぎるということなのでしょう。

挑戦者の冷静と情熱のあいだ。それが「ぬるめのコーヒー」なのかもしれません。

昼食休憩

対局者の昼食は羽生棋聖がもりそばとおにぎり(梅)。

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永瀬六段は握り寿司(わさび抜き)です。

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羽生棋聖のお昼ごはん、もりそばと梅のおにぎりという選択は、炭水化物であるもりそばに、さらに炭水化物のおにぎりを付けるという点において、長い戦いになることを見越した一手かもしれません。

対する永瀬六段はここまで続けてきたお寿司を今回も採用。もちろんわさび抜きです。
ただし、第2局で見られた(多め)を外してきたことが気になります。

午前中のおやつである程度お腹いっぱいになってしまったのでしょうか。
それとも、これまでにないプレッシャーを感じてしまったのか...。

午後のおやつ

羽生棋聖のおやつ。洋菓子は沼津市に隣接する函南町の「Chez IRIE」のもの。県外からも商品を買いにくる人気店だ。

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永瀬六段のおやつ。午前、午後ともに沼津市の和菓子や「いせや」のもの。

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永瀬挑戦者の午後のおやつは、午前中とほぼ同じで和菓子が4つとチョコレートが5つ。
コーヒー(ぬるめ)も午前中に飲んで有力だったのでしょう。再び注文してきました。

羽生棋聖は第1局、第2局に続いて、午後はホットレモンティー。そして今回のケーキはモンブランでした。
午後のホットレモンティー+ケーキという組み合わせでここまで戦ってきています。

第3局は挑戦者の永瀬六段が勝ちました。終局時刻は19時26分。
これで永瀬六段の2勝1敗。タイトル奪取まであと1勝です。

おやつで読み解く棋聖戦!《前編》は以上です!

絶対王者羽生善治を相手にあと1勝でタイトル奪取と迫った挑戦者永瀬拓矢。しかし、カド番の王者が繰り出したあるおやつによって、シリーズの流れが変わってしまう!初タイトルのプレッシャーは挑戦者のおやつをも委縮させてしまうのか!?果たして勝負の行方とおやつのチョイスは!?

後編もお楽しみに!

*写真はすべて棋聖戦中継ブログより引用

直江雨続

ライター直江雨続

フォトグラファー/ライター。
2007年ごろよりカメラを片手に将棋イベントに参加してきた『撮る将棋ファン』。
この10年間で撮った棋士の写真は20万枚以上。
将棋を楽しみ、棋士を応援し、将棋ファンの輪を広げることが何よりの喜び。
『将棋対局 ~女流棋士の知と美~』や女子アマ団体戦『ショウギナデシコ』で公式カメラマンを務める。

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