将棋連盟について

関西将棋会館

将棋会館

総務渉外部・普及部

TEL:06-6451-7272 FAX:06-6451-3626

月~金/9:30~17:30

道場課

TEL・FAX:06-6451-0220

(営業時間=10:00~20:30)

販売課

TEL・FAX:06-6451-5077

(営業日=月・水・金・土・日・祝。火・木はお休みです。12:00~17:00営業)

館内案内

部屋名 入場 時間 連絡・問い合わせ先
5階 対局室 不可
(土・日・祝は貸し部屋可、
詳細は総務課にお問合せ下さい)
06-6451-7272
(総務)
4階 多目的ルーム 貸し部屋利用者のみ可 06-6451-7272
(総務)
和室
3階 事務所 一部可
(支部会員申請や大会申込・
教室問合せなど)
月~金/9:30~17:30 06-6451-7272
2階 道場 定休日なし
(元日を除く・大盤解説会場)
10:00~20:30 06-6451-0220
(道場)
1階 販売 営業日=月・水・金・土・日・祝。
火・木はお休みです。
(他、年末年始は休業)
12:00~17:00 06-6451-5077
(販売)
レストラン
「イレブン」
定休日:毎週木曜日
(他、お盆・年末年始休業)
11:30~14:00
17:00~22:00
06-6452-5509
カフェ・ダイニング
「サーレアンドぺぺ」
定休日:毎週月曜日 11:30~14:00
17:30~22:30
06-6454-1107

貸室・貸用具の詳細はこちら

所在地

〒553-0003 大阪府大阪市福島区福島6-3-11

  • JR大阪環状線 福島駅 徒歩3分
    福島駅改札を出て、正面の「なにわ筋(片側3車線の広い道路)」を左(北向き)へ約100m歩くと見える、 「なにわ筋」沿いに5階建てでレンガ風の「将棋会館」とある建物です。
  • 阪神電車 福島駅 徒歩5分
    福島駅西側改札を出て、右側の階段をあがり、そのまま出た方角(北向き)にそのまま5分歩くと着きます。
  • JR東西線 新福島駅 徒歩5分
    改札を出て通路を左へ突き当たると地上に出る階段があり、それを上がります。 地上に出て、左にある横断歩道を渡り、渡ったらすぐに左(北向き)へ5分歩くと着きます。
  • 車でお越しの方
    「なにわ筋」の南から来られる場合はJR福島駅(高架駅)から100m先、 北から来る場合は「福島6丁目」の交差点の南側100mのところです。 将棋会館には駐車場にありませんが、周辺には「コイン駐車場」がたくさんあります。

沿革

  • 昭和2年5月 日本将棋連盟「大阪支部」生まれる
    日本将棋連盟の前身は大正13年9月結成の「東京将棋連盟」であるが、 東京連盟は文字通り関東棋士の集団であった。
    東の関根金次郎名人と西の木見金治郎八段が結んで昭和2年5月5日新たに「日本将棋連盟」を創立し、「大阪支部」も誕生した。
    ・支部長=木見金治郎八段 幹事=高橋其木五段 大阪市北区老松町3 木見八段方に事務所を設ける。区域は名古屋市以西。
  • 昭和11年6月 関西棋界の統一成る
    当時、巨匠阪田三吉八段の処遇をめぐって複雑な棋界事情を織りなし、多難な道程を歩むが、10年春に実力名人制が創設され、連盟と大朝棋士団「十一日会」の対抗戦、将棋連盟の分裂を経て、東西三派(日本将棋連盟、革新協会、十一日会)が「将棋大成会」に大合同する。
    関西も初めて「大成会関西支部」に一本化し、木見八段は後見役に退いて陣容を改める。
    ・支部長=神田辰之助八段 幹事長=藤内金吾六段 幹事=村上真一六段、神前光三四段。
  • 昭和12年3月 専用事務所を開設
    対局も漸次活況となる。大阪市北区紅梅町の民家を借り受け、初の専用家屋に「関西支部」の看板を移し、 全ての対局を行う。
  • 昭和16年4月 「支部」は「関西本部」に昇格
    神田八段の名人挑戦を配慮して、木見八段が再び陣頭に立つ。
    ・支部長=木見金治郎八段 幹事長=神田辰之助八段
  • 昭和17年4月 独立事務所を閉鎖
    戦時下の疎開対策から北区紅梅町の事務所を閉鎖し、北区錦屋町20、中井捨吉六段方へ移転。
    対局は再び間借りに戻る。戦局苛烈を加える中で18年9月に中心人物だった神田八段が死去、終戦後の21年7月には大棋士阪田八段が逝く。
  • 昭和21年末 事務所は北区芝田町、上田三三四段方へ
    厳しい家屋事情から対局場は高段者や後援者宅を転々とする
  • 昭和24年6月 住吉区に持ち家の事務所
    困難を冒し各方面の協力を求めて大阪市住吉区粉浜東之町5丁目の民家一棟を買収して移転。
    初めて「関西将棋会館」と称したが、会館とは名ばかり、もっぱら専属棋士の対局を行う。
    26年1月7日、関西棋界の大御所木見金治郎が亡くなり、関西会館で初めての「日本将棋連盟葬」を営む。
  • 昭和28年11月 会館は阿倍野区へ
    再び各界の協力を求め、大阪市阿倍野区北畠1丁目の木造二階建て民家を買収して移る。
    日本間を建て増し、棋士の対局には幸いしたが、アマチュア向けには少人数の学生棋戦が限度。
    関西本部棋士会は毎年のように「会館新築」を議論するがむなしく消える。
  • 昭和52年2月 関西会館の新築を決議
    機ようやく熟し、将棋連盟総会は正式に「関西将棋会館」の建設を決議、委員会を設け敷地選考に入る。
    7月には候補地70数ヶ所の 中から大阪市福島区内の120坪を選定し、1億5000万円で取得する。
    55年5月着工。 鉄筋コンクリート造り、地上五階の将棋ビル建設を進め、順調に竣工を見た。
    建設費はおよそ5億、棋界はじめての「将棋博物館」を5階に設けたことが特色で、文部・通産両省の推薦により日本自転車振興会の補助金2500万円をうけた。
    江戸城本丸の黒書院を模した造りは日本将棋の本流を再現し、展示室には古棋書、珍しい将棋盤・駒、各国の将棋用具などを陳列し、常に公開する。
    (※将棋博物館は平成18年10月31日をもって閉館しました
  • 昭和56年7月 関西将棋会館竣工
  • 平成23年4月 社団法人日本将棋連盟は公益社団法人日本将棋連盟としてスタート
  • 平成23年10月2日 関西将棋会館建設30周年記念イベント「関西将棋の日」開催